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昭和49年3月10日アイドルデビュー

 昭和の時代に「そよ風みたいな女の子」と呼ばれたアイドルがいた。林寛子…。その林寛子が時空を超え、アイドル時代の思い出を語っていきます。

 ◇  ◇  ◇

 劇団の社長さんから、ある日のこと、『今度歌のオーディション番組に出ることになったから、明日から歌のレッスンに行きなさい』。そして、フジテレビの『君こそスターだ!』を受けることになった私。第1回の放送にあたり、プロデューサーが、事務所に所属しているまだ無名の女の子を探していた中、私に白羽の矢が立ったのだ。世の中にカラオケもない時代。歌を唄う環境などどこにもなくて、ましてやアイドル発掘番組に出るなんて、いくら子役の経歴を持っている私でも、少しもイメージが湧いてこない!

 既に日本テレビの「スター誕生」からは森昌子さんがアイドルデビューしていて、中学生の少女歌手がテレビをにぎわしていた。私もあんな風にアイドルになれるのかしら?希望と不安の真ん中で、実は私は、心の中で落ちたらラッキーとひそかに考えていた。なぜならば、この番組に落ちたら、子役を卒業して「普通の女の子にならせてほしい」と親に交換条件をだしていたからだ。

 私は将来弁護士になりたかった。だからそれをかなえるには、この番組が運命の分かれ道だと子供ながらに思っていた。私は、キャンディーズよりもずいぶん前に「普通の女の子になりたい宣言」をしていたのだ。でも、そんな願いも忘れてしまうくらい、子役の負けじ根性発揮!かわいい女の子たちがずらりと並ぶステージで、心の中にふつふつと熱いものが込み上げてきた!グランドチャンピオンになりたい!いやならねばならぬ的な感情が湧いてしまったのだ。審査員の千家和也先生に「かわいいけど、少し瘦せないと画面からはみ出るよ」と言われても、落ち込むどころか、最終のグランドチャンピオン大会までに5キロの減量に成功!どうやら私は逆境に強い性格らしく、ピンチをチャンスに変える力を持っていた。

 そして翌昭和49年3月10日。私を見事痩せさせてくださった千家和也先生作詞、鈴木邦彦先生作曲のデビュー曲「ほほえみ」を頂き、キャニオンレコードより14歳のアイドル林寛子が誕生した。

 アイドルになることがどう言うことなのか。売れるのか?売れないのか?神のみぞ知る、なりたてホヤホヤアイドルの私は、来る日も来る日も「林寛子です!よろしくお願いいたします」を繰り返していた。

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 林寛子(はやし・ひろこ)1959年10月16日生。子役を経て74年歌手デビュー。代表曲「素敵なラブリーボーイ」。ドラマ「がんばれ!レッドビッキーズ」で人気を博す。

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