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橋幸夫 「山川豊さん」は僕の敏腕マネジャーでした

 私の後輩歌手に山川豊君がいます。実はこの芸名は、私を支えてくれたマネジャー・山川豊氏が由来なのです。

 彼は業界でも名物マネジャーと知られ、数々の伝説を残してきたのですが、飲みに行った先で足を滑らせ、階段から転落して頭を打って亡くなってしまったのです。今から30年ほど前の9月6日でした。くしくも、このコラム掲載の翌日が命日となります。

 そんな彼と一緒に仕事をしてきた業界の重鎮の方たちが「新人をやるにあたっては、ぜひ彼の名前を付けて、残してあげたい」として、私に申し入れていただいたのです。最初は亡くなった方の名前なので「歌い手に付けるには、かわいそうだよ」と断っていましたけど、皆さんの熱意にOKしました。

 業界の名物男として名をはせたとあって、山川マネジャーの伝説は数知れず。もともとはビクターの社員で、別の歌手を担当していたのですが、ある時に地方で一緒になり、その働きぶりを目の当たりにして。私も気にいったのです。

 その後、私の担当をすることになったのですが、それにあたり、山川マネは入社してまだ新人のような立場にもかかわらず、会社に「僕が橋さんをやるなら、担当班を作ってほしい」といきなり条件を付けたのです。「マネジメント、宣伝、営業と4人部下がほしい」と要求したそうです。仰天ですね。新人なのに、ずいぶん勝手なことを言うヤツだな、と思ったけど、それがキッカケとなり、最終的に「橋課」という部署ができた。今でいうプロジェクトみたいな感じ。その初代課長が山川君でした。

 彼は当時“三大アイドル誌”と言われた「平凡」「明星」「近代映画」にどんどん食い込んでいく作戦をとり、それを実現していったのです。

 「御三家」の時にもお話ししましたけど、業界の先輩マネジャーにも堂々と渡り合った。3人の写真では僕が真ん中!僕の記事は1行でも長く!写真は1ミリでも大きく!といったことで、1年中、奮闘してくれました。どこに行っても「すごいヤツがいるね」と言われました。そんな彼も僕を支えてくれた大切な1人です。

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