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入院中も病室で涙と汗のトレーニング

 入院とリハビリ生活を経て、「仮面ライダー」40話(1972年元日放送)で私は復帰します。「40」という数字にすごく縁があるんですよね。松竹映画でのデビューが昭和40年。不思議な縁を感じました。左足にはまだ鉄の棒が入っていました。もし鉄棒が曲がってしまったら、もう無理だ、一生不自由になると言われた中、あえて出演したんです。

 事故を起こしたトラウマの残るバイクが復元され、それに再び乗って道なき火山岩を走れと言われて真っ青になりました。でも走らなければ次はないと、思い切って勇気を出して乗ったんですが、どうやって走って、戻ってきたか、いまだに記憶がないんです。

 撮影中、ちょっと足に痛みを覚えたので、見ると肉が裂けて鉄の棒が出ているところから血がどくどくと流れていました。「もうダメだ」。ショックでしたが、それでも最後まで続けようと、ガムテープを巻いて何食わぬ顔で撮影を終えたんですよ。あきらめながら病院でレントゲンを撮ると大丈夫。ほっとしましたね。それから何日か後に足から鉄の棒を麻酔もなく抜いたんです。ものすごく痛みの残る思い出ですね。

 2号ライダーとの共演が続いた後、一文字隼人役の佐々木剛君が「僕は代役ですから」と身を引かれ、53話(同年4月1日放送)から私は“新1号”として単独主演で完全復活します。事故のあった9~10話の時点で「本郷猛は死んだ」という設定も出たようですが、プロデューサーはじめ周囲が私の復帰を待ってくださった。アイデアを振り絞って難局を乗り越え、ヒーロー像を守ろうとした。その思いが奇跡の復活につながったのです。

 左足は骨と皮だけとなり、筋肉の付いた右足の半分くらいになりました。リハビリを命がけでやるしかなかった。入院中も夜中に看護師さんが寝静まった後、起きて足を鍛えたんですよ。涙と汗を流しながらやりました。もう2度とやりたくないし、思い出したくない。仮面ライダーは人気が出るまで順風満帆ではなく、波瀾万丈の舞台裏があった。そのつらさが私の転機になりました。

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