ビヨンセ、駆け出しの頃の苦労明かす

 ビヨンセがデスティニーズ・チャイルドで駆け出しの頃、トップデザイナー達は自身に衣装提供をしたがらなかったと明かした。ケリー・ローランド、ラターヴィア・ロバートソン、ラトーヤ・ラケットとデスティニーズ・チャイルドとして活動していたビヨンセは、当時有名ブランドは「黒人で田舎者でぽっちゃりした4人の女の子」たちには敷居をまたがせなかったという。

 ニューヨークで開催されたCFDA主催のアワードでファッション・アイコン賞を受賞した際、ビヨンセは「私達はデスティニーズ・チャイルドとしてスタートしました。彼らは黒人で田舎者でぽっちゃりした4人の女の子たちに服を着て欲しいと思っていませんでした」「デザイナーのドレスや衣装は高価で買えませんでした。母はニューヨークの全てのショールームから拒否されましたが、祖母が彼女の才能と創造性を使い、子供達に夢を与えました」とデビュー当時の苦労を語った。

 さらに、後にチャート1位にまで駆け上ったデスティニーズ・チャイルドに対してトップブランドは興味を抱いていなかったため、初めての衣装は母親ティナとおじのジョニーが作ったと続けた。「実は、私のウェディングドレスも、プロム用も、最初のCFDAアワードも、グラミー賞のドレスも実は母がデザインしたのよ。他にもいっぱいあるわ。それが私にとっての本物の力であってファッションの可能性なの。ファッションは自分のアイデンティティ、表現、真実を見つけるツールなの。超越するスタイルであって、みんなの節目のときのタイムカプセル的存在なの」

 そしてビヨンセは、ファッションデザイナーたちの持つ社会的な責任にも触れ「自分たちのもつこの力を忘れないようにしてほしいの。私達は、少女たちがビルボードや雑誌でその子自身を反映するものを見ることがあるような社会に貢献する機会を持っているのですから」と話した。(BANG Media International)

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