板東英二さん死去 慢性心不全のため 86歳
元プロ野球選手でタレントの板東英二さんが22日に慢性心不全のため死去したことが28日、分かった。享年86。公式サイトで発表された。板東さんは1940年4月5日、満州国生まれ。徳島商時代には投手として甲子園で活躍。その後、中日へ入団してプロ11年間で通算77勝(65敗)を挙げた。引退後はタレントとして活躍。バラエティー番組の司会者を多く務め俳優にも挑戦するなどで、人気を博した。
昭和から平成のお茶の間で人気を得た名バイプレーヤーが、静かに旅立った。タレントとして多くのバラエティー番組で司会者、パネリストとして欠かせない存在感を放った板東さん。最初に脚光を浴びたのは、野球選手としてだった。
徳島商時代に投手として甲子園で活躍。3年時だった1958年の夏の甲子園では、準々決勝の魚津戦で延長十八回を投げきり25奪三振を奪う力投。引き分け再試合となった翌日の試合でも完投勝利を収めるなど、徳島商を準優勝に導いた。
この大会で記録した1試合(延長イニングを含む)25奪三振、大会通算83奪三振は2026年5月時点で、今も破られない記録として燦然と輝く。1959年には、同期で巨人へ入団した早実・王貞治を上回る契約金で、鳴り物入りでの中日入団を果たした。
1年目から33試合に登板すると、2年目の60年には2ケタ10勝を記録。プロ11年間で通算77勝(65敗)。ライバル王貞治との対戦成績は通算68打数14安打、打率・206に抑えて見せた。だが、板東さんがさらなる脚光を浴びるのは、現役引退後だ。
野球解説者や、バラエティー番組の司会などで活躍。79年にABCテレビ制作のクイズ&ゲーム番組「THE ビッグ!」でMCを務めると、90年から司会を務めた日本テレビ系クイズ番組「マジカル頭脳パワー!!」が、瞬間最高視聴率40・9%を記録。人気司会者としての地位を確立した。
その後も「わいわいスポーツ塾」「世界・ふしぎ発見!」など数々のクイズ番組で司会や解答者として活躍。バラエティー番組にとどまらず、84年に「金曜日の妻たちへ2 男たちよ、元気かい?」で俳優デビューすると、89年には映画「あ・うん」で第13回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、第32回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞するなど、俳優としても存在感を示した。
2012年には個人事務所の所得隠しが発覚し、レギュラー出演の番組降板などが相次ぐ。個人事務所閉鎖後は、吉本興業に所属して芸能活動を続けたが、18年に吉本との契約解除後はラジオ番組を中心に活動。ただ、20年ごろからは表舞台に姿を見せず、事実上の芸能界引退状態となっていた。
