歌手の菅原洋一さん死去 「知りたくないの」「今日でお別れ」大ヒット、紅白出場22回 貫いた生涯現役 92歳、悪性リンパ腫

 「今日でお別れ」などのヒット曲で知られる歌手の菅原洋一(すがわら・よういち)さんが5月31日午前9時26分、悪性リンパ腫のため都内の病院で死去した。92歳。兵庫県出身。本人と遺族の希望により6月1日に家族葬が執り行われた。喪主は妻・アケミさん。90歳を超えても精力的な歌手活動を行い、今年4月6日まで東京・上野でのコンサートを開催。「生涯現役」を貫き、天国へ旅立った。

 22年連続紅白歌合戦出場を果たした歌謡界の“レジェンド”が静かな別れを迎えた。

 菅原さんは今年4月6日まで東京・上野でコンサートを開催。最後のステージも代表曲「知りたくないの」「忘れな草をあなたに」、シャンソンの「マイ・ウェイ」など11曲を歌い上げていた。

 関係者によると、その後、4月中旬に悪性リンパ腫が見つかったという。自宅療養を続けていたが、5月20日に練馬文化センターで開催予定だった「春のコンサート」を前に体調を崩して入院。93歳を迎える8月21日に予定されていたバースデーコンサートなどの出演へ向けて必死のリハビリに励んだが、その願いはかなわなかった。

 決して平たんではない68年間の歌手人生だった。大学卒業後の1958年にタンゴ歌手でデビュー。だが、長くヒット曲に恵まれない時代が続いた。10年目の67年にレコードのB面曲だった「知りたくないの」が、有線放送から火が付いて再リリースされ、80万枚突破の大ヒット。その年の紅白歌合戦に初出場した。

 トップ歌手へ仲間入りし、68年に「誰もいない」で第10回レコード大賞の歌唱賞、70年の「今日でお別れ」で第12回レコード大賞を受賞。その後も「愛のフィナーレ」「忘れな草をあなたに」「愛の嵐」とヒット曲を連発。紅白歌合戦には22年連続出場を記録した。

 当時の人気音楽番組「夜のヒットスタジオ」の司会者だった前田武彦さんに、愛嬌(あいきょう)のある丸顔から「ハンバーグ」と名付けられるなどお茶の間の人気を博し、近年では「昔はハンバーグでしたが、このごろはステーキ(すてき)になりました」というステージトークで場内をわかせていたという。

 23年に90歳を迎えた卒寿のディナーショーでは、長男のピアニスト・菅原英介とデュエットも。「声帯はリード楽器。空気の当て方が大事だと気づいて、おのずと歌い方も(昔と)違ってきました」とした上で「呼ばれる限り、歌える限りは歌いたい」と語っていた菅原さん。歌謡界に大きな足跡を残し、「生涯現役」の信念を貫き通した。

 ◆菅原洋一(すがわら・よういち)1933年8月21日生まれ。兵庫県加古川市出身。国立音楽大を卒業後、58年にタンゴバンド「早川真平とオルケスタ・ティピカ東京」に専属歌手で参加。その後、歌手としてレコードデビューし、67年に「知りたくないの」が大ヒットした。クラシック音楽を基礎に低音を響かせる本格的な歌唱法がファンの幅を広げ、68年の「誰もいない」で日本レコード大賞歌唱賞、「今日でお別れ」で70年に同大賞を受賞。67年から22年連続でNHK紅白歌合戦に出場した。

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