「亜麻色の髪の乙女」作詞の橋本淳さん死去に島谷ひとみが追悼「ご自宅で奥様の手料理を振る舞ってもらった」
「ブルー・ライト・ヨコハマ」「亜麻色の髪の乙女」などを手がけ、昭和の歌謡界をけん引した作詞家の橋本淳(はしもと・じゅん、本名与田準介=よだ・じゅんすけ)さんが5月21日午前8時25分、肝硬変のため東京都港区の病院で死去した。86歳。東京都出身。告別式は近親者で行った。
歌手の島谷ひとみ(45)が死去を受け、SNSに追悼コメントを発表した。1968年に橋本さんが作詞し、ヴィレッジ・シンガーズが歌ってヒットした「亜麻色の-」を、島谷が2002年にカバーして大ヒット。同年のNHK「紅白歌合戦」にも出場した。
島谷は、「橋本淳さん まるで、私の人生の物語を描いてくれたような存在でした。 亜麻色の髪の乙女という曲を作ってくださりありがとうございました。」と感謝した。
さらに「橋本淳さんの詞の世界は、どの曲も表現に奥行きがあり、想像力を掻き立て、今の時代にはなかなかない生きてきた人生と照らし合わせるような素敵な物語でした。橋本淳さんの詞の世界が大好きでした。」と記した。
続けて「私が亜麻色に髪の乙女をカバーをさせていただいた後、お食事にご招待くださりました。ご自宅で奥様の手料理を振る舞ってくださり、『どこのレストランよりも妻の料理の方が美味しくってねぇ。』と素敵な笑顔でさらりと言うとても素敵な橋本淳さんを今も覚えております。」と思い出話をつづった。
「ここ数年はぜひお会いしましょうと言いながら会えませんでした。とても悔やんでおります。会える時には必ず会わなければと今強く感じております。」と後悔。「私に作ってくれていると言ってくださっていた新曲も聴きたかったです。」と、幻の新曲の存在も明かした。
「これからも私は亜麻色の髪の乙女を大切に歌わせていただきます。」と約束し、「心よりご冥福をお祈り申し上げます。ありがとうございました。」と天国に呼びかけた。
