【ヤマヒロのぴかッと金曜日】「うちわまき」「開山忌」鑑真和上に想いを馳せ、唐招提寺を歩いてみた

山本浩之アナウンサー
 奈良市の唐招提寺で行われた伝統行事「うちわまき」
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 律宗の総本山・唐招提寺では、毎年5月19日に「うちわまき」という伝統行事が執り行われる。

 境内でまかれるハート形の「宝扇(ほうせん)」には魔除けや病魔退散のご利益があるとされ、多くの参拝者で賑わう。これとは別に、各界から奉納された約250人の自筆の絵うちわが展示されるのだが、京都・壬生寺の松浦俊昭貫主のご推薦により今年初めて小生もその中に加えていただいた。

 「絵でも文字でも、どうぞご自由にお書きください」とのことで3月中旬に唐招提寺から無地のうちわ紙が送られてきたが、何を書いてもいい・・と言われても、字は下手だし絵心もない。考えあぐねるうちに〆切りが迫る。宗派は違うがウチは浄土真宗なので開祖親鸞の「愚禿親鸞」になぞらえて「笑禿やまひろ」と書いて郵送したのだが、ふざけていると叱られはしないか、本当に展示してもらえるか不安になり、前日こっそりお邪魔してみたら……ちゃんと飾ってくれていて、ホッと一安心!久しぶりの唐招提寺、せっかくなのでしばし境内を歩いてみることに。

 映画『天平の甍』を観たのは、たしか高校を卒業した頃だったからもう半世紀近くも前のことだ。井上靖の歴史小説が原作ということもあり話題になったが、なぜ三顧の礼で迎えられた鑑真ゆかりの唐招提寺が奈良市郊外の西の京にあるのか、当時は考えもしなかった。

 仏教が伝わってから200年を経ても、当時日本には僧侶を公認する授戒制度が整っていなかったため授戒のできる僧侶を招こうと、舎人親王は普照と栄叡の二人の僧侶を中国に遣わした。

 二人は中国・大明寺の鑑真に適任者の推薦を依頼するが、鑑真の説得に応じる者がなく鑑真自ら日本への渡航を決意する。国の許可なく渡航を試みるも、弟子の裏切りや拘束、遭難、さらには失明の災難に襲われるも屈せず、天平勝宝五年(753)に六度目の渡航で日本にたどり着いた。

 翌年、鑑真は東大寺に戒壇を築き、400人以上の僧侶に授戒を行ったが、その頃日本には「仏に戒律を守ることをみずから誓うこと」ですでに僧侶になった者も多数いた。そうした僧侶との論争や政治的な思惑が加わって鑑真は「大僧正」から「大和上(だいわじょう)」という名誉職となり、中心部から離れた「西の京」の地に移されたという見方をする研究者も多い。1200年以上も前の話だ。私には真実はわからない。鑑真和上はこの地で純粋に戒律を学べる道場を開いた。これが「唐招提寺」の始まりである。

 ひとり境内をゆっくり歩いてみると、奈良時代建立の金堂や講堂を中心に寺全体が凛とした雰囲気に包まれている。時折吹き抜ける心地良い風、これが天平の息吹なのだろうか。開山堂に安置されている『御身代わり像』を拝するだけでも背筋が伸びる思いだが、通常非公開の国宝『鑑真和上坐像』は毎年6月6日の開山忌を挟んで前後三日間だけ参拝することができる。どうだろう、これを機に一度奈良に遊びに来ませんか?

 ◆山本浩之(やまもと・ひろゆき)1962年3月16日生まれ。大阪府出身。龍谷大学法学部卒業後、関西テレビにアナウンサーとして入社。スポーツ、情報、報道番組など幅広く活躍するが、2013年に退社。その後はフリーとなり、24年4月からMBSラジオで「ヤマヒロのぴかッとモーニング」(月~金曜日・8~10時)などを担当する。趣味は家庭菜園、ギターなど。

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