菅原孝さん死去 ビリー・バンバン兄 司会者としても活動 81歳、肺炎 弟・進「本当に偉大な兄でした」
「白いブランコ」「また君に恋してる」などのヒット曲で知られる兄弟デュオ、ビリー・バンバンの兄・菅原孝(すがわら・たかし)さんが、11日午後4時34分、肺炎のため都内の病院で死去していたことが24日、分かった。81歳。所属事務所が発表した。19日に神奈川県内の斎場で家族、親戚により密葬が行われた。弟で相方の菅原進(78)は事務所を通じてコメントを発表。28日に都内で行われるイベントで、孝さんについて改めて語るという。
邦楽兄弟デュオの草分け的存在として、穏やかな歌声で人気を博したビリー・バンバンの菅原孝さんが、静かにこの世を去っていた。
弟の進はこの日、事務所を通じ「誠実で優しく、思いやりがあり、真面目な兄でした。日が経つにつれて、兄の歩んできた人生を深く深く感じています。ファン・関係者の皆様には、今までビリー・バンバンを応援して頂き、心より御礼申し上げます。本当に偉大な兄でした。兄貴、ありがとう」と兄の死を悼んだ。
関係者によると、孝さんは昨年から体調を崩し、年末に入院。歌手活動再開への思いは強く持っていたが、今年春ごろに肺炎を患い、徐々に体をむしばまれた。最期は家族にみとられて天国へ。19日に行われた密葬では、孝さんの息子がギターを弾き、進が「白いブランコ」を歌って孝さんを見送ったという。
孝さんは1967年、前年に進が結成していたビリー・バンバン加入した。68年5月に兄弟デュオとして再編成し、69年1月に「白いブランコ」でメジャーデビュー。同曲は売上20万枚を突破した。72年には日本テレビ系ドラマ「3丁目4番地」の主題歌「さよならをするために」が大ヒットし、第23回NHK紅白歌合戦にも初出場。76年に一度は解散し、主に司会者として活動していたが、84年に再結成した。
大分・三和酒類が販売する麦焼酎「いいちこ」のCMソングを長年手がけており、2007年発売の「また君に恋してる」はお茶の間でも大人気に。孝さんの最後の仕事は、昨年4月に行った現在のCMソング「いつか虹の向こうへ」のレコーディングだったという。
晩年は、病魔との闘いだった。2010年10月に脊柱管狭窄症を公表し、14年7月には脳出血で緊急入院。左半身にまひが残った。それでも15年5月に活動を再開。19年にはデビュー50周年記念の全国ツアーも行っていた。
◇菅原孝(すがわら・たかし)1944年8月7日生まれ。東京都国立市出身。慶大中退後、67年に弟・進が結成していたビリー・バンバンに加入。ボーカルとコントラバスを担当し、69年1月に「白いブランコ」でメジャーデビュー。76年に解散し、84年に再結成。2014年7月に脳出血で緊急入院し、15年5月にTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」で仕事復帰した。
