【ヤマヒロのぴかッと金曜日】気楽にいこうぜ、気楽に
ゴールデンウイークを間近に控えた4月のある朝。登校中の私は友人のK君に誘われて駅から学校に向かう道とは反対側の、海へと続く商店街を歩いていた。高校2年の春のことだ。
「学校、行きたくないんか?」
「そんなことないけど、たまにサボるのもありやろ…」
自分から積極的に人の輪に入ろうとしない彼の性格を私はよく知っていた。新しい学年になり、まだクラスになじめていなかったのだろう。五月病と症状がよく似た、不安や緊張からくる四月病だったのかもしれない。「チャットGPTに悩みを書き込んだら、何かエエ答えが見つかるかもしれんで!」。今の時代ならそうアドバイスすることもできようが、私にはどんな言葉も浮かばなかった。
商店街を抜け漁師町をさらに進むと泉州の海が陽光を浴びてキラキラ光っている。現在は関西空港対岸の、りんくうタウンの一部に姿を変えているが、当時はまだのどかな景色が広がっていた。防波堤の前の消波ブロックに腰をおろし、無言のまま時間だけが流れていく。
K君とは同じ軽音楽部で春休みにデュオグループを結成したのだが、バンド名はまだ決まってなかった。そのため、5月に開かれる『新入生歓迎コンサート』のオーディションにエントリーすることもできず多少焦ってはいたが、今の彼にそんなことを言っても仕方ないなぁ…などと考えていたら、それまでほとんど無言だった彼が突然声を上げた。
「あの、一番上で波打ってるのは何て呼ぶか知ってる?」。海ではなく、住宅街の方に目をやりながら聞いてきた。指さす方向を見ると、立派なこいのぼりが気持ち良さげに、いやおもしろそうに泳いでる。真鯉(まごい)、緋鯉(ひごい)、大小何匹か連なっていたとは思うが、K君が聞いてきたのはそのさらに上にいる、色鮮やかな筒状の布のこと。
「一番ウエ!?知らんがな、そんなこと。あんなモン、こいのぼりの歌詞に出てくるか?出てこんやろ~!」
「あれな、吹き流しって言うねん」
「なんや、知っとるんかいな。ほな、はじめから言えよ」と、そんなやりとりを交わしたんだと思う。その時、K君がその日はじめて笑った。電車の中で顔を合わせたとき、失踪するんじゃないかと心配したぐらい顔に精気がなかっただけに、正直ホッとした。
「風の強さとか方向を見るためのもんやけど、こいのぼりに取り付けられてるのは“魔よけ”の意味が込められてるからやねん」
「ヘェ~、そうなんか…。おっ、ほな『吹き流し』でいこうや!」
「何が?」
「バンド名や。早よ出さんとオーディション受けられへんがな。早よ!今から部室に行って提出しよっ」
こうして、フォークデュオ『吹き流し』は誕生し、卒業までの2年間活動を続けたのである。
学校でも職場でも、息が詰まるようなことはいくらでもある。一つ一つに真正面から向き合っていたら身体がもたない。適当でいいのだ。相手がどう思うか、そんなことに気を取られず『吹き流し』のように、サラサラ泳げばいいのだよ。(元関西テレビアナウンサー)
◇山本 浩之(やまもと・ひろゆき) 1962年3月16日生まれ。大阪府出身。龍谷大学法学部卒業後、関西テレビにアナウンサーとして入社。スポーツ、情報、報道番組など幅広く活躍するが、2013年に退社。その後はフリーとなり、24年4月からMBSラジオで「ヤマヒロのぴかッとモーニング」(月~金曜日・8~10時)などを担当する。趣味は家庭菜園、ギターなど。
