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クミコ 特別な街・石巻の人に見た光、歌の力【3・11東日本大震災10年…】

 2011年3月11日に発生した東日本大震災から10年がたちます。デイリースポーツでは「思いをつなぐ…」と題して連載を企画。第1回は歌手のクミコ(66)です。宮城県石巻市でコンサートの準備中に被災。裏山へ逃げて一夜を明かした生々しい体験やその後の市民との交流を語りました。

  ◇  ◇

 あの日の夜空を、10年たった今でも鮮明に覚えている。

 「車の中からふと空を見上げたら、こぼれ落ちんばかりの星と奇麗な月が出ていて。停電で街の明かりがまったくなくなっていたからでしょうね」

 クミコは地震が起きた午後2時46分、夜に予定していたリサイタルのため、石巻市民会館地下の楽屋にいた。

 「最初に来たのは揺れじゃなくて音でした。(震源がある)左から右へ地下鉄が通るような音。不思議に思っているうちに、ガ、ガ、ガーンという揺れが来ました」

 揺れがおさまり、外に出ると警報とサイレンが鳴り響いていた。「津波が来ます。高台に逃げてください」。やがて地割れした地面から水が噴き出した。地元の人の「こっちに逃げて!」という声に促され、会館の裏山を駆け上った。

 「最初は晴れていた空が、登っている間にすごい雪が降ってきた。途中で誰かが『水が来てるぞ!』と叫んで、下を見ると車が水にに浮かんで回っているのが見えました」

 たどりついたのは採石場の作業員宿舎だった。宿舎内は続々と逃げてくる地元の人たちに譲り、屋外の大きなドラム缶に流木を入れたたき火で暖を取った。車の中で眠れぬ一夜を過ごした。

 「夜空を見ながら、カーラジオでは『何人の遺体が見つかりました。石巻が壊滅しました』ってニュースが流れていてね。そのギャップが信じられなかった」

 その夜から、石巻は、クミコにとって特別な街になった。3カ月後の6月11日には慰問コンサートを開催した。地元の楽器店「サルコヤ」で水没した30台のピアノを修復している店主・井上晃雄さんと知り合い、「ピアノが修復したらコンサートをやりましょう」と約束。同年9月11日に、クミコが「ピア子」と名付けた再生ピアノと地元の小学校でコンサートを開催した。

 そこで披露された楽曲が「きっとツナガル」。クミコ自身が作詞作曲を手がけ「あの日見上げた夜空の色を きっと一生忘れはしない」と歌い上げた。12年には地元の少年少女たちによって「きっとツナガルつながり隊」が結成され、改めてレコーディング。クミコと石巻がツナガル日々が続いた。

 しかし、10年を振り返ると「ずっとつらかった」と語る。

 「石巻から私が発信することで全国に知ってもらえることと分かってはいるけど、いい思いをしない人もいる。避難所の集会所で歌っても、一番つらい人は部屋から一歩も出られないんです。自分は支援だと思っているけど、本当にこれでいいのかと、いつも罪悪感があった」と話す。

 少しだけ心境の変化も訪れている。

 「このごろやっと“そんなふうに思わなくてもいいんじゃない?”と思えるようになった。私にとっても『時薬』だったのかな」

 コロナ禍の現在、ツナガルことが難しくなった。クミコもコンサート活動が滞り、石巻を訪れられない日々が続く。「歌の力」を信じられなくなりそうな毎日に、光を見いだしたのが石巻の人たちの存在だ。

 「これから歌とどう向き合っていくかを考えたときに、たとえば石巻の人たちに『ちゃんと歌っているんだね』と思ってもらえるように活動できるか。今までは被災者の方を励ますのが“歌の力”と思っていたけど、被災者の方を思って自分を奮い立たせるのが今の私にとっての歌の力かもしれません」

 自らに言い聞かせるように話し、「またピア子に会いに行きたいですね」とつぶやいた。

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