死去の梓みちよさん 1日が20年初仕事の予定も…自宅で1人旅立つ、76歳

 亡くなった歌手の梓みちよさん
 ワタナベプロ50周年で熱唱する梓みちよさん=2005年11月
桂三枝と「いらっしゃ~い」のポーズをする梓みちよさん
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 大ヒット曲「こんにちは赤ちゃん」などで知られる歌手の梓みちよ(あずさ・みちよ、本名林美千代=はやし・みちよ)さんが死去していたことが3日、分かった。76歳。心不全とみられる。関係者によると、スタッフが仕事の打ち合わせのため、1月29日午後に梓さんの都内の自宅を訪ねたところ、ベッドで息を引き取っている状態で発見されたという。葬儀は2月2日に近親者で行った。

 わたしがママよ-。赤ちゃんに語りかけるように優しく歌いあげた昭和を代表する名曲を残し、天国へと旅だった。梓さんは2月1日に通販番組に生出演する予定だったため、1月29日午後にスタッフが打ち合わせのため、1人暮らしの自宅を訪問。梓さんは亡くなっていた。突然の別れとなった。

 近年の梓さんは足を悪くしていたものの、持病はなく、昨年末には所属事務所スタッフに元気な様子を見せていた。2月1日が今年の初仕事となる予定だった。打ち合わせ前日にスタッフが送ったメールには返信がなかったという。

 福岡市出身。宝塚音楽学校に入学したが、在学中に渡辺プロダクションのオーディションに合格し、上京。1962年に「ボッサ・ノバでキッス」でデビューした。同プロの渡辺晋社長(当時)が命名した芸名には「見かけはしなやかだが、芯は強じんな“梓”みたいなタレントに」という期待が込められた。

 63年、NHKの人気番組「夢で逢いましょう」で歌った「こんにちは赤ちゃん」が、ミリオンセールスの大ヒット。日本レコード大賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも初出場した。当時独身で、同曲の作詞・永六輔さんと作曲・中村八大さんに「ママでもないのにどうやって歌えばいいんですか?」と相談していたという。タンゴ、シャンソン、ジャズなど幅広いレパートリーを持ち、紅白に63年から7年連続で出場し、74年には、床にあぐらをかいて歌った「二人でお酒を」が大ヒットした。

 70年代にはテレビ朝日系「新婚さんいらっしゃい!」で落語家の桂三枝(現文枝)と司会を務めた。71年3月、俳優の故和田浩治さんと結婚したが、72年10月に離婚。女優としても活躍し、最近は化粧品のプロデュースも手掛けていた。

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