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下田逸郎インタビュー(後)歌って、時空を超えるやろ?

古希を迎え、ダルマに目を入れた下田逸郎=今年5月、神戸チキンジョージ
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 いまやスタンダード・ナンバーになった「セクシィ」や「街のあかり」などで知られる伝説的シンガー・ソングライターの下田逸郎が今年、70歳の古希を迎え、久々のオリジナルアルバム「忘我」をリリースした。現在は神戸に居を構えて活動している下田が新作や現在の心境を語るインタビュー、その後編をお届けする。

  ◇  ◇

 下田は「歌って、CDみたいになった時だけではなくてライブでもそうなんだけど、時空を超えるやろ?」と言い、次のような経験を語った。

 「15歳の時に『踊り子』を聴きましたっていう奥さんが子供を育てて、40年ずーっと聴いててくれたりするわけやろ。すごいことやろ、考えてみれば。(東京)キッドブラザーズの時に俺が作った曲、役者が歌った曲がちょこちょこあるのよ。それをロンドンで現代音楽のサンプリングに使ってますとか。この前、アメリカのけっこう売れてるポップスグループが、それ使ってって許可が来たもんな」

 下田は決して大ヒット曲に恵まれたわけではないが、長く愛されたり、多くの歌手にカバーされたりする名曲が多く、後進への影響力も大きい。

 「言ってしまえば、本質的なもん、流行歌とかポップスとかって、時代をちゃんと読んでマーケティングリサーチしてみたいなじゃないところで俺はたぶん作ってきたんだ。そういうものに戻りたいから、そういうのを築いてそっからものを作りたい人がちらちらと出てきているんだけど。でも金は回ってないで。金使わないで作ろうぜって話になればいいだけなんだけど」

 「売れるとやっぱなくすもんがあるやろ、絶対な。その辺の次の世界とか、まだまだ水平線の向こうに行くんだって再び思ってる人がけっこういるのよ、年寄りで。だけどその年寄りたちも、昔の金が回ってたレコード業界だとか映画業界だとか、そのやり方がこびりついてるから。1回捨てないといけない、生きられない。俺はそれほどの栄光があるわけじゃないから。世の中に商品として出たわけじゃないから、ちょうどいい位置かな。そこに『あの曲いいですよね』って曲が残ってるのは、財産やな」

 ここ10年ほど居住している神戸では、地元の名門ライブハウス「チキンジョージ」と組んでミュージカルを上演したり、レーベルを立ち上げて地元のミュージシャンをプロデュースしたりと、地域に密着して精力的に活動している。

 「憧れなんだよな。住んでいるところで一緒にものを作る。で、ネットを使って配信みたいなのもありなんじゃないの。そんなこと(ビジネス)よりも、面白いものを作ってる方が面白いってところにいかないと。商売の輪っかみたいなのに入ったら、ものなんかバカバカしくて作れない。組織みたいなものを避けていた理由はそれだと思うよ」

 ところで、ネット配信について語る下田本人は、実は携帯電話すら持っていない。

 「全部コンピューターになっちゃったねえ。恐ろしいことやね。コンピューターとか携帯とか、もう死ぬまで持たないことにしている。おかしいやろ?小林一茶が携帯持ってたら。一人旅できなくなるじゃん。いらないよ」(終わり)

 【プロフィル】下田逸郎(しもだ・いつろう)1948年、宮崎県生まれ。2歳で東京に引っ越す。18歳で浜口庫之助に師事。20歳で寺山修司に出会い、演劇や音楽の音楽を担当、浅川マキに曲提供。同じハマクラ門下の斉藤ノブ(現ノヴ)とのユニット「シモンサイ」でシングル発売。21歳で東由多加の東京キッドブラザーズに参加。「黄金バット」がニューヨークでロングラン公演。25歳でスウェーデン、スペイン、フランスをさすらいNYへ。帰国後、シンガー・ソングライター、プロデューサー、作詞家として活躍。37歳でエジプト、47歳でフランスに渡り、62歳でまたもやNYへ。主な楽曲に「踊り子」、「セクシィ」、「LOVE HOTEL」、「早く抱いて」、「月のあかり」など。近作に「相棒」の六角精児と組んだアルバム「緑の匂い」がある。

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