山口良治さん門下の1期生が語る“泣き虫先生”の素顔 スクール☆ウォーズの伝説シーンは事実だった
京都・伏見工ラグビー部を率いて全国制覇を達成し、ドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルになった山口良治さんが20日朝、脳梗塞のため京都市内の病院で死去した。83歳だった。
“山口門下生”の栄えある第1期生である清水悟さん(66)は、山口さんが指導を始めた当時を回想。ラグビー部のジャージーの背中には龍や錦鯉の絵が描かれ、「御意見無用」などと書かれていたとし、「絵がうまい部員が数人いて、自慢げに着ていた」と懐かしそうに語る。
荒れ果てていたラグビー部が目を覚まし始めたのは、1975年5月17日の京都府春季高校総体、112対0で花園高校に敗れた試合からだった。花園高は前年度の全国大会で準優勝した強豪校で、実力差はあまりにも大きかった。試合終了後、ふてくされるメンバーもいた中、山口さんの口から飛び出したのが、「スクール☆ウォーズ」でも使われた「お前ら、悔しくないのか!」の一言。
当時キャプテンだった小畑道弘さんは「悔しい!どんなしんどい練習でもついていく、先生、花園に勝たせてくれ!」と答えたという。清水さんは当時1年生で試合には出ていなかったが、小畑キャプテンら先輩メンバーと一緒に山口さんから頬にげんこつを食らった。先生の目には涙があふれ、清水さんも「さとぉ~、頑張れよ!」と声をかけられ一発殴られた。「一人ひとり、確かに一言言われて泣きながら殴られてました」と“伝説のシーン”を述懐した。
そこから「打倒・花園」の猛練習が始まった。伏見工ラグビー部は公立高校であり定時制もあったため、グラウンドの使用時間が1時間半と限られている中での猛練習であった。「当時は試合でタックルがスコン、スコンと抜けていたのが、山口先生の指導のおかげで一人、一発で止められるようになった」。その結果、3年生が卒業したあとの新人戦で清水さんらは近畿大会で準優勝。翌年春の京都府大会で再び花園高とぶつかり、「攻めて、攻めて、攻め倒せー」と試合中に言った小畑キャプテンのゲキもあり、18対12で見事リベンジを果たした。清水さんは2年生ながらフッカーで試合に出場。「先生が自らの身体を張ってタックルの練習をさせてくれたおかげだ」と涙ながらに語る。
部の運営も当時は山口さんが全て一人でやっていたといい、「本当に大変だったと思う」と振り返る。「先生は部員一人一人と目いっぱい向き合い、ちゃんと家に帰ってるか家庭訪問までしてはりました」と清水さん。部内には「ラグビー日誌」とがあり、清水さんは「僕は何を書いたらいいか分からなくて、『今日はこんなご飯を食べた』とか『今日はおやじと飲みに行った』とか書いてました」という。それを読まれる度に、山口さんから赤ペンで「飲みに行ったらアカンやろ」と書かれたと笑いながら明かした。
清水さんは現在、京都市内で妻と2人で中華料理店「清華園」(京都府京都市下京区下之町22-6 TEL075-351-8391 営業時間=午後5・00~10・00 定休日・月曜)を営んでいる。経営が苦しかった時期、SNSで「伏見工ラグビー部で112対0で負けた試合で山口先生から殴られた一人です」と書いたところ大きな反響があり、一気に経営が持ち直した。山口先生からは「さとぉ~、良かったな、良かったな、伏工のこといっぱい言うたらいいやん」と激励された。また、山口先生は清水さんの作った唐揚げが大好きだったといい、「先生は唐揚げばっかり」と話す。晩年、入退院を繰り返していたころにも、清水さん自慢の唐揚げを食べに来店していたという。
訃報を受け、山口さんの亡きがらと対面してきたという清水さん。顔を見た時、「もう一回起き上がって俺を殴ってくれ。そして『さとぉ~、唐揚げ持って来てくれたかぁ~』と言ってほしかった」と語った。
身体を張って生徒を愛した山口先生は、清水さんを始め、全ての教え子の中で間違いなく生き続ける。
