大相撲 付け人務めた横綱輪島、北の湖&三重ノ海連破の思い出語る「この野郎、と思った」元三杉磯の峰崎親方

相撲博物館でトークショーを行う峰崎親方(撮影・開出牧)
相撲博物館で十両格呼び出しの弘行(左)とトークショーを行った峰崎親方(撮影・開出牧)
相撲博物館で十両格呼び出しの弘行(左)とトークショーを行った峰崎親方(撮影・開出牧)
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「大相撲初場所・14日目」(24日、両国国技館)

 峰崎親方(元幕内三杉磯)が館内でトークショーを行った。十枚目呼出しの弘行とともに現役時代、親方時代のエピソードを披露した。

 今年5月11日、夏場所中に70歳の誕生日を迎え、参与としても定年を迎える親方。現役時代は花籠部屋で横綱輪島の付け人を務めた。「面白い人です。普通のことが通じないから、横綱になったと思います。ただ、相撲は私が経験した中で一番強かった。クネクネしてないんですよ。ガチッとしてもう鉄骨に当たってるような感じなんです。特に左を差したら、下手投げも来るしね」と振り返った。

 輪島は日大から入門。親方は「強かったので途中まではあまり稽古をしなかった。前頭の上の方に行ってからは人並み以上にしていましたね」と語り、陸橋の階段をウサギ跳びして下半身を鍛えていたという。

 関取としては1979年秋場所で北の湖、三重ノ海を連破して2日連続の金星を獲得した。

 「特に三重ノ海さんとやった時は、心に余裕があったんです。今でも覚えてますよ。私が二本刺した時に腕を極めにきたんですよ。それで怒りが爆発して、思いっきり投げました。押し倒しみたいな感じです。極められていなかったら、負けたかもしれないです」

 当時稽古していた輪島とは体の幅が違う北の湖に対しては「感覚が分からなかったですね。どう攻めていいか」と述懐。北の湖には攻めきった感じはなかったというが、三重ノ海戦に関しては「撃破ですね。腕を極められて、この野郎、と思いましたね」と続けた。

 引退後は峰崎部屋を営んだ。22年5月から野見宿禰神社(東京・墨田区)の管理を任された。伊勢神宮に出向くなど神社を見違えるほど整備したが、定年後の後継者が協会に不在のままだという。「退職はいいんだけど、宿禰さんはなんとかしてほしい。本当に切実な思いです」と呼びかけていた。

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