“モンゴルの怪物”逸ノ城が電撃引退 持病の腰痛が限界「日本に出てきて良かった」

 師匠の湊親方(右)と引退会見に臨んだ元関脇逸ノ城
 引退記者会見を行い、花束を手にする元関脇の逸ノ城
 初優勝し、記念撮影で万歳する(右)
3枚

 日本相撲協会は4日、元関脇で西前頭13枚目の逸ノ城(30)=湊=の現役引退を発表した。昨年の名古屋場所で幕内初優勝を飾ったものの、最近は持病の腰痛が深刻化。十両優勝した春場所以降は稽古もできない状態で、引退を決断した。モンゴル出身で21年9月に日本国籍を取得したが、今後は未定で協会には残らない意向。東京・両国国技館で会見し「日本に出てきて良かった」と心境を語った。

 “モンゴルの怪物”と称された逸ノ城が、電撃引退した。春場所は14勝1敗で十両優勝し、夏場所の再入幕が決まったばかり。しかし、爆弾を抱える腰は限界だった。「体の方が良ければもっとやりたかった。気持ちはあるけど、体の方が一緒についていかない」と無念さをにじませた。

 「歩くのも、横になるのもかなりつらい」という状態。今年に入って師匠の湊親方(元幕内湊富士)と引退について話し合い、何度も慰留されたが、意志は固かった。最終的には今月2日に引退が決まった。

 14年初場所の初土俵から一気に番付を駆け上がり、新入幕の同年秋場所ではざんばら髪で優勝争いをして旋風を巻き起こした。しかし、200キロ超の体重が負担となり、腰のヘルニアを患ってからは失速。昨年の名古屋場所で念願の初優勝を飾るも、今度は九州場所後に過去の新型コロナ対策ガイドライン違反が発覚し、1場所出場停止処分も受けた。

 山あり谷あり、9年間の力士生活。それでも「日本で相撲をやれて、いろんな人に応援してもらった。日本に出てきて良かった。感謝しています」と後悔はない。幼少期からテレビ越しに憧れた大相撲の世界で活躍。「幕内に上がって、テレビでモンゴルのみなさんに自分を見てもらうのが夢だった。幕内に上がった場所が一番うれしかった」と思い出を振り返った。

 今後については「今のところは何も考えていない」と話し、断髪式も未定。「大相撲で教えてもらったことを次に生かして頑張っていきます」と第二の人生に目を向けた。

 ◆逸ノ城駿(いちのじょう・たかし=本名三浦駿)1993年4月7日生まれ、モンゴル・アルハンガイ出身。2010年に来日し、鳥取城北高に相撲留学。母校のコーチだった13年に全日本実業団選手権で優勝。湊部屋へ入門し、14年初場所に幕下15枚目格付け出しで初土俵。新入幕の同年秋場所で13勝を挙げ、同九州場所は新関脇に昇進した。22年名古屋場所で初優勝。三賞は殊勲賞3回、敢闘賞1回、金星9個。191センチ、219キロ。

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