宇良の母校・関学大相撲部 130年の伝統2人で守る 部員増、団体戦復帰へ奮闘中

 創部130年を誇る関学大(兵庫県西宮市)相撲部が存続の危機にある。大相撲幕内の業師宇良(30)=木瀬=を輩出し、団体で学生日本一に5度輝いた名門が現在、何と部員2人で団体戦にも出られない状況。主将・小林翔(2年)、副主将・高橋龍真(1年)がタッグを組み、必死に伝統の看板を守っている。

 1995年1月17日、阪神・淡路大震災での相撲部寮の全壊も乗り越えてきた関学大相撲部が創部130年、土俵際にある。昨年は部員0人危機まであった。休部の4年生が復帰し、現主将の小林が加わり回避したものの、2人では5人対抗戦の団体(最低3人必要)に出場ができなかった。

 OB会では「このままでは部がなくなってしまう」と嘆きが続出した。再建を託されたのが62歳の池田富士男監督。昨年1月、12年ぶりに復帰した。

 名門になぜ選手が集まらないのか-。原因は相撲人口の減少。有望な高校生は有力大学で奪い合い。関学大は5年程前から相撲部のスポーツ推薦枠がなくなったことが響いた。さらに学業面も厳しく、1年生で20単位未満なら大会に出られず留年もある。相撲一本の受験生の足は遠のき、2年前からはコロナ禍が追い打ちをかけた。

 宇良が在籍した10年前は10人以上が火花を散らし、しのぎを削った道場が今は2人。監督はかつての活気を取り戻すのが目標。還暦を超えた今も、まわしを締め選手に胸を出す。「まずは部員集め」と来年、必ず団体戦に復帰を果たす。

 選手は「団体戦に出たい」と口をそろえる。今春、1日がかりで「相撲部 大入」の勧誘ボードを作り、新入学の一般学生に次々と声をかけた。だが気合は“肩すかし”。2人ぼっちのままだった。

 週4回の稽古は四股、すり足にぶつかり稽古も常に2人。いろんなタイプと相撲を取りたいが悲観はない。「細かいところを突き詰めていく時間はじっくり取れる」と小林主将は長所を強調する。

 偉大な先輩の教えがKGの土俵にはある。小林は京都・鳥羽高-関学大と宇良の直系後輩。2度の右膝手術を乗り越えた先輩からは「ケガの間は1人で限界まで腕立て伏せをやった」などと聞いた。

 先輩の根性を見習い2人で看板を守り抜くのは使命。「これまでの先輩たちの思いもある。中高生が関学っていいなと思ってもらえるように、あと2年半、頑張らないといけない」と決意を込めた。

 小林は体重別の65キロ未満級で日本一を目指す。「2人きりですが確実に成長している」と胸を張る。165センチと小兵。大学時代、まだ細かった宇良先輩の映像も見て刺激を受け、学業と両立が大事との先輩の金言を胸に刻む。「相撲も勉強もやっていく」と部員も単位も“大入り”を目指す。

 ◆高橋龍真(たかはし・りゅうま)2003年7月8日、奈良県葛城市出身。小学生時に地元道場で相撲を始め、陸上の長距離選手としても活躍。奈良・五條高では1、3年で高校総体出場。関学大経済学部に進学。得意は足技。家族は両親、弟2人。

 ◆小林 翔(こばやし・かける)2002年9月19日、京都市出身。大原野小で相撲を始め、鳥羽高で1、2年時に高校総体出場。関学大文学部に進学し教職課程を履修。将来は国語の先生を目指す。得意は左四つ。176センチ、97キロ。家族は両親、弟2人。

 ◆関学大相撲部 創立の翌年1890年頃に学院内で有志により創部。1917年、運動部に正式加入した。全国学生選手権では団体優勝5回(31、41、46、50、51年)、学生横綱6回(井口義明=40、41年、中村富次=46年、有光一=48、50、51年)。西日本学生では団体優勝21回、個人優勝22回を誇る。

 60年代から他大学の強化もあり成績は降下。近年は西日本で2部リーグながら、2013年、宇良が世界コンバットゲームス軽量級で金メダリストとなり、同部初の世界チャンピオンとなった。

 OBの角界入りは宇良が創部以来初。夏場所で田中(境川)が宇良に続く2人目として序ノ口デビューした。

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