【東京へ駆ける・鈴木章介氏(3)】巨人コーチになったきっかけ
2020年東京五輪に向けた企画「東京へ駆ける」。今回は、1964年に開催された東京五輪の陸上男子十種競技代表で、五輪後にプロ野球・巨人のランニングコーチ(後にトレーニングコーチ)を務めた鈴木章介氏(82)が登場。日本で初めて五輪が開催された55年前の思い出や、来年の東京五輪を目指すアスリートへの期待。V9も経験した巨人時代のエピソードなどを披露した。
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-巨人のコーチになったきっかけは。
「早稲田のとき、荒川(博)さんや広岡(達朗)さんたちがシーズンオフに競走部のグラウンドに練習にきていたんです。上級生に『プロ野球の選手が自主トレに来るから、走り方を見ながら一緒に走ってやれ』と言われて。荒川さんはそのとき打率が2割8分ぐらいで、あと内野安打が10~15本ぐらい出れば3割打てるってことで、必死になってやっていました。荒川さんの家に呼ばれて、すき焼きをごちそうになったことも。すき焼きってこんなにおいしいものなんだ、って思いましたよ」
-巨人のコーチへとつながったのは。
「大昭和製紙(現日本製紙)では午前中に勤めて、午後から練習。人事にいて、給料の計算の手伝いとかをしていました。五輪が終わったら営業でトップになろうと思っていて。そうこうしているうちに荒川さんから『浜松でオープン戦がある。(監督の)川上(哲治)さんが行っているから会え』と連絡がありまして」
-実際会うことに。
「春と秋の練習で陸上のコーチをしてもらうと速くもなるし、ケガも少なくなる。それを一年間通してやれば、選手はいいコンディションで試合ができるだろう、という考えだったと思います。幸い私は十種競技で日本記録も作っていました。そういうことも川上さんの頭の中にあったのかもしれません」
「聖火ランナーやりたい」
-コーチになろうと決めたのは。
「先陣としてやりたいと思ったからです。自分が成功したら、自分と同じ境遇の人が、必ずほかの球団で重用されて、同じような仕事ができるようになるんじゃないかと考えました」
-来年の東京五輪での夢は。
「聖火ランナーをやりたい。『若い選手に託すよ』という形でね。(受け持つ距離の)200メートルぐらいなら大丈夫ですよ」
