ヌートバーから感じた魅力と漂う品格 まさに“WBCドリーム”もう無名選手ではない
侍ジャパンが世界一を奪還した第5回WBC。2月の宮崎合宿からチームを追い続けた侍取材班が、5回の連載で大会を振り返る。第4回は米在住の小林信行記者。日本代表選出前は無名だったが、大会でフィーバーを巻き起こしたラーズ・ヌートバー外野手(25)にスポットを当てる。実際にアメリカで練習の様子をながめ、取材で接すると、事前に恩師らに聞いていた通りの魅力の持ち主だったことなどを振り返る。
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言ってしまえば、メジャー界の中では無名の選手だった。ただし、米国在住の大リーグ担当として知らなかったのは痛恨の極みだ。
ラーズ・ヌートバー。
記者の中でその名と顔が一致したのは昨年12月。デイリースポーツが代表史上初の日系侍としてスティーブン・クワン(ガーディアンズ)とともに招集を検討していると報じたころだ。同時期に栗山監督が渡米し、サンディエゴで開催されていたMLBウインターミーティングの会場で「実を言うと、5、6人にアプローチさせてもらっている。日本で出たいと言ってくれている中での選択」と、ヌートバーとの接触を初めて認めた。
1月11日には代表30人の1人としてヌートバーの招集を発表。将はオンラインで“面談”を重ね、選手としてだけでなく、その人柄にもほれ込んだことを明かした。ヌートバーも大谷の通訳を務める水原氏からSNSを通じて代表入りの打診があったと話し、国内でも話題になった。
21年6月にメジャーデビューしたが、大きな実績は残していない。昨季は108試合で14本塁打、40打点。代表入りした当初は低い打率(・228)が指摘されたが、出塁率は・340あった。学生時代から持ち味の、優れた選球眼は今大会でも存分に発揮された。
ヌートバーが大谷とともに侍ジャパンに合流したのは3月3日のこと。「彼のことだから日本の選手から多くのことを吸収し、フィールドで自分の個性を発揮することにうずうずしていると思います」。当時、そんな話をしたのは、母校南カリフォルニア大(USC)の恩師、ハブス氏(現アスレチックス育成投手コーチ)だ。
泥くさいプレーで日本列島の心をわしづかみにし、ペッパーミル・パフォーマンスは社会現象になった。代表での活躍はいまさら記すまでもないだろう。
記者がヌートバーの魅力に初めて触れたのは18日。侍たちが決勝ラウンドの地、マイアミに到着した後だ。連戦と時差ぼけによる疲労は相当だったはずだが、フィールドでは笑顔を絶やさなかった。常にポジティブな空気を生み出していることはすぐに分かった。報道陣への対応もしかり。他人へのリスペクトが感じられた。
なるほど!と合点がいった話をUSC関係者から聞いた。ヌートバーの父方の曽祖父、ハーバートさんは農業ビジネス、穀物や飼料の売買で大きな成功を収めた人物だ。USCに多額の寄付もしており、校舎の一つに同氏の名前が付いているという。エリス島名誉勲章も受章していることも知った。ヌートバーの立ち居振る舞いからどことなく漂う品格。それは先祖から受け継がれているのだろう。
日本の世界一に貢献したヌートバーがカージナルスに再合流した日、一部の米メディアは「国際的英雄の帰還」と伝えた。同選手のインスタグラムのアカウントはWBC前まで6万人だったフォロワー数が100万人を突破。まさに“WBCドリーム”。もう、ラーズ・ヌートバーは無名選手ではない。
