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5年連続盗塁王の赤星獲得の決め手は 足と人間性は一級品も… 

阪神時代の赤星憲広氏
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 現在野球解説者やコメンテーターとして活躍する赤星憲広は阪神時代、球界を代表するスピードスターとして活躍した。アマ時代は小柄な体や貧弱な打撃で評価は高くなかったが、圧倒的な俊足を生かし、プロでは5年連続の盗塁王。現役生活は9年間ながらも記憶に残る選手だ。元阪神スカウトの菊地敏幸氏は、赤星の力を見抜き、担当スカウトとして獲得に尽力した。

  ◇    ◇

 亜大の時は担当ではありませんでしたが、試合は観ていました。正直、印象はなく、セーフティーバントをするか、打ってもポップフライとか、いいイメージは全くなかったです。

 JR東日本に入社してから、私の担当になりました。獲得を目指すきっかけは、アマ選手がプロのキャンプに参加した2000年2月に、赤星が阪神のキャンプに参加したことでした。足の速さが目に留まり、当時の伊原春樹守備総合・走塁コーチから「プロでも使える」と言われました。ただ打撃は評価されていませんでした。

 高校時代から球を前で捉えろと言われていた影響なのか、体が前のめりになり、ダウンスイングというより大根切りみたいになっていました。そのため、高めの球にはバットの上っ面に当たり、ポップフライになっていた感じでした。足が速くても、打てなくてはプロでは通用しない。獲得への判断をすべく、赤星を追い掛けることになりました。

 春季キャンプ参加後の4月か5月でしょうか、千葉のJR東日本野球部のグラウンドで赤星を見ていました。150キロの打撃マシンを打っていたのですが、他の選手が打撃ゲージから球が飛ばない中、赤星はバットの芯に当ててライナーで弾き返していました。その姿を見て「これは行ける」と感じ、6月のスカウト会議で「獲りましょう」という話をしました。

 人柄にも惹かれました。ドラフト会議の2週間ほど前だったでしょうか、当時のJR東日本の中野監督と赤星と焼き肉を食べていた時です。「タイガースが指名するから」と言うと、「えー本当ですか。何位でも結構ですから」とうれしそうに話していました。指名後に愛知県の実家で赤星の両親とお会いしましたが、お父さんも人が良く、赤星と似ていました。そういう謙虚な人間性も評価していました。

 余談ですが、ドラフトでは赤星の指名を巡り、一悶着ありました。4位で赤星を指名しようとしたら、野村監督が机をペンで叩き、「沖原(の指名順)を上げろ」と。NTT東日本の沖原は遊撃手で、阪神の補強ポイントでもありました。しかし私は「沖原は下の順位でも獲れます。赤星にしましょう」と訴え、何とか4位で赤星、沖原は6位で獲れました。もし赤星を4位で行かなかったら、他球団に獲られていた可能性がありました。野村監督の「赤星は俺が評価して獲ったんだ」というコメントは有名ですが、裏ではこんなことがあったんです。

 赤星はプロで盗塁王に何度も輝き、素晴らしい成績を残しました。その一方で、けがで現役を退いたのは残念でした。それでも引退後はコメンテーターとしてテレビで活躍する姿を見るたびに、うれしく感じます。

 ◆菊地敏幸(きくち・としゆき)1950年生まれ。法政二から芝浦工大を経てリッカー。ポジションは捕手。89年にスカウトして阪神入団。藪、井川、鳥谷らを担当。13年限りで退団した。

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