広島ドラ3・勝田 「最悪」のエラーから始まった高校野球 関大北陽で手に入れた「全てが今の僕につながっている」
高校野球シーズン限定でカープ選手に高校時代を振り返ってもらう新企画「コイ戦士 高校野球の思い出」。今回はドラフト3位ルーキーの勝田成内野手(23)が、大阪の関大北陽で過ごした3年間を振り返った。
大淀ボーイズに所属していた中学1年時、練習の視察に訪れていた関大北陽の辻本監督は、ティー打撃の補助をしていた勝田に目を奪われた。派手なプレーではなく、愚直にボールをトスする少年のたたずまいに鋭い勘が働いた。「関大北陽に来ないか?」。突然の打診に勝田自身は「なぜ僕なんだろう」と驚きつつも熱意に応え、同校への進学を決めた。
高校野球生活は挫折からのスタートだった。1年秋の大阪大会4回戦・初芝立命館(現大阪立命館)戦。勝てばセンバツ出場の参考資料になる近畿大会出場へ近づく大一番だった。二塁を守っていた勝田は、試合終盤に痛恨のトンネル。適時失策となりチームは9-10で敗れた。「もう最悪でした」と試合後は大粒の涙を流した。
2年夏はコロナ禍で選手権大会が中止となり、大阪でも独自大会が開催された。2年生ながらレギュラーだった勝田は、「本当は3年生が出たほうがいいのかな」と葛藤を抱えていたが、上級生からの「おまえの経験のためにしっかりプレーしろ」という温かい言葉に背中を押され、履正社とともに2校優勝を達成。「恩返しをしたい思いはずっとあった」と最高の結果で応えた。
その後もコロナの影響でチーム練習が自粛となる期間もあったが、選手は自主的に河川敷に集まり、汗を流した。勝田も約半年で7キロの体重増に成功。肉体改造を経て最後の夏へ向かった。
3年の夏。大阪大会準決勝で立ちはだかったのは王者・大阪桐蔭だった。4番に現中日の花田、捕手に現DeNAの松尾らを擁する強力打線に対し、関大北陽ナインは一歩も引かない熱戦を展開。勝田も4番手としてマウンドに上がるなど投打で躍動。延長十四回までもつれた総力戦は最終的に10-12で力尽きたものの、王者を追い詰めた名勝負となった。
不思議な縁から始まり、涙の失策、コロナ禍での成長、そしてラストゲームで見せた意地。幾多の試練が勝田の強固な土台をつくった。「気持ちで負けちゃいけないっていうのは関大北陽で一番教わった部分。全ての経験が今の僕につながっています」と勝田。3年間で育んだ不屈の精神を宿し、プロでも白球を追いかける。
◇勝田 成(かつだ・なる)2003年6月21日生まれ。大阪市出身。163センチ、70キロ。右投げ左打ち。小学1年時に野球を始める。関大北陽を経て近大に進み、大学通算83試合で打率・344、2本塁打、41打点。25年度ドラフトで広島から3位指名を受けて入団。今季開幕戦で延長十回にサヨナラ打。プロ初安打初打点が殊勲の一打となる。背番号0。推定年俸1000万円。
