張本勲さん死去 忘れない関西遠征のたびに宿舎で打撃指導 村山実さんから「教えてもらって来い」と【藤田平氏悼む】
プロ野球の東映(現日本ハム)、巨人、ロッテで活躍して歴代最多の通算3085安打を放ち「安打製造機」の異名を取り、引退後は解説者として活躍し「球界のご意見番」としても人気を集めた張本勲さんが9日、東京都の病院で死去した。日本プロ野球名球会が10日、発表した。86歳。広島市出身。1カ月前にはテレビ出演で元気な姿を見せていたが、急な旅立ちとなった。偉大な野球人に球界内外から悼む声が寄せられ、デイリースポーツ評論家の藤田平氏が悼んだ。
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大変、お世話になった大先輩だ。バッティングなど多くの野球のことを教えていただいた。思い出は数多くある。
最初の出会いは、もう60年近く前になるか。1965年度ドラフト2位で私がタイガースに入団して間もない頃の話だ。チームの先輩でエースだった村山実さんから『教えてもらって来い』と紹介してもらったことがきっかけだった。
当時、張本さんが所属された東映が関西遠征に来るたび、宿舎へ伺って素振りを見てもらったりした。当時の私はまだ市和歌山商を卒業したばかりの若手。一方、張本さんは既に首位打者のタイトルなどを獲得されていた大打者だ。それでも、素っ気なくするということはなく、本当に優しくしていただいた。共に過ごした時間は決して忘れることはできない。
76年シーズンから張本さんが巨人へ移籍された。阪神と巨人というライバル球団同士となったものの、グラウンド外では変わらず気さくに接してくれた方だった。
お互いに引退してからは名球会や野球教室などで、ご一緒する機会も多かった。食事の席では『たいら、横に座れ』と、よく手招きされたものだ。2人で野球談議などに花を咲かせたことも良い思い出。3年くらい前までは、よくお電話でお話もさせていただいた。心から、ご冥福をお祈りいたします。
