渡辺元智さん 指導法に悩み続けた名将 2年生の松坂大輔に「力ずくではダメなんです。どんなに頭に来ても対話で説明しないと」【悼む】
高校野球の強豪、横浜の監督として甲子園通算51勝、史上3位となる春夏5度の優勝を遂げた渡辺元智さんが17日、死去した。81歳だった。1968年から2015年まで指揮し、98年に松坂大輔投手(元西武、レッドソックスなど)を中心に史上5校目の春夏連覇。教え子にはプロで活躍した選手が多数おり、高校日本代表監督も務めるなど技術振興にも寄与した。葬儀・告別式は近く近親者で執り行う。
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茨城県で行われた1997年の春季関東大会で横浜が優勝した時だ。「あの投手良いですね」。すると当時監督の渡辺さんは笑顔を浮かべて「彼には期待してるんですよ。ただちょっと油断すると太るんですよ。だから太らないように走らせてますよ」と答えてくれた。
2年生の松坂大輔。まだ世に知られていなかったが、翌年に記念大会として行われる春夏の甲子園に出場し、地元神奈川で開催される国体に出場するために集めた選手の一人であることも教えてくれた。「でも愛甲がいた時みたいに力ずくではダメなんですよ。どんなに頭に来ても対話で説明しないと」。強いチームにしたいが、自分自身も忍耐強くしないといけない。指導方針に頭をよく悩ませていた。
「愛甲の時はね、不良の集まりだった。あの時は若かったから毎日が勝負。合宿をした時は夜に選手が逃げ出さないようにひもでくくり付けたりしてね」。本人いわく、カッとなりやすい性格だったそうだが、私が知っている渡辺監督は選手と真っすぐ顔を向き合い、いつも穏やかな口調で話す姿だった。
2004年の脳梗塞直後に会った時はテーブルの上に10種類以上の薬を並べ、「毎日これ飲むの大変」と笑っていた。メニエール病にも苦しむ姿も見たが、それでも野球が、横浜高校が好きだった。渡辺さんの教えは、これからも後輩たちが引き継いでくれるはずですよ。
合掌
(デイリースポーツ・菅藤学)
