阪神のドラフト1位投手で、野手に転向した選手は?【プロ野球記録企画】
デイリースポーツの記録担当がプロ野球のさまざまな記録をひもとく新企画「記録の向こう側」(随時掲載)がスタート。今回は阪神のドラフト1位投手で、野手に転向した選手を取り上げる。
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Q…阪神のドラフト1位投手で、在籍中に野手に転向した第1号は?
A…嶋田章弘
嶋田章は84年度ドラフト1位で、和歌山の名門箕島から入団した。広島との2球団競合を制しての獲得だ。同年4位の兄・宗彦(住友金属)と、兄弟で同期入団となった。
阪神が日本一を果たす1年目の85年には、いきなり10試合で1軍登板を果たす。9月15日中日戦では先発し、七回までノーヒットに抑える離れ業を見せた。味方もゼロ行進だったため白星はつかなかったが、九回裏岡田彰布のサヨナラ本塁打のお膳立てを果たした。
翌年86年にも11試合に登板したが、0勝に終わる。その後はけがに悩まされ、90年には野手転向を決断した。91年に1軍で27試合に出場し、15安打と感じをつかみ始める。
そして93年には59試合に出て、うち41試合に先発出場。骨太の存在として渋い働きを見せた。
この年がキャリアハイとなった。近鉄、中日と移り引退。その後は古巣に戻り、スコアラーとしてチームを裏から支えた。
今季から野手で育成契約となり、再出発した西純矢とは共通点も多い。ドラフト1位、高卒の右投手、そして入団時の背番号は15。西純は通算12勝を挙げ、嶋田章が果たせなかった本塁打も記録済みだ。激戦区「左翼」ポジション争いに加わるために、まずは背番号2桁を目指したい。
