元巨人監督の堀内氏が盟友を追悼「長嶋茂雄さんが亡くなられた年にジョンソンさんも逝ってしまうなんて」 人柄をしのぶ「とにかくナイスガイだった」
巨人元監督の堀内恒夫氏が9日、自身のブログを更新。8日に訃報が伝えられた元巨人のデーブ・ジョンソンさんを追悼した。
ジョンソンさんは元米大リーグの名二塁手で、メッツをワールドシリーズ制覇に導いた名将としても知られる。82歳だった。訃報を知った堀内氏は「ビックリしたよ」。ブログでは「そこで今日は少し思い出話をしようかな」とつづった。
1975年、監督就任1年目の長嶋茂雄さんが誘って「巨人軍に初めて来てくれたメジャーリーガーだった」というジョンソンさん。ワールドシリーズを制覇したオリオールズ全盛期の選手で新人王も獲得しており「ポジションはセカンド 守備が抜群に上手くてね」と振り返った。
「特に俺はジョンソンさんのダブルプレーを見るのが好きだったな。セカンドからの送球がとても綺麗なんだ。捕ってから投げるのが速いのよ」と堀内氏。しかし、入団1年目は引退して監督になった長嶋さんの後釜として不慣れな三塁を任され、日本野球にもすぐには慣れることができず「ファンからは厳しいバッシングを受けた」のだという。
しかし、入団2年目には高田繁氏が外野から三塁にコンバートされたことで、「ジョンソンさんは本職のセカンドに戻り成績を残し活躍したんだよ」とし「残念ながら2年で退団しちゃったけどね」と惜しんだ。
「彼のイメージはとにかく『ナイスガイ』だった。とても紳士的でクレバーな選手 彼自身日本のことも好きだったんじゃないのかな」と堀内氏。「新聞によると闘病生活が長かったとあった。長嶋茂雄さんが亡くなられた年にジョンソンさんも逝ってしまうなんてなぁ。上で楽しく野球談義してるかな」と悼んだ。同時に「ジョンソンさん、あなたとチームメイトであったことをとても誇りに思っています。ありがとうございました。合掌」と締めくくった。
