沖縄尚学・比嘉公也監督 史上2人目快挙!選手で甲子園V&監督で春夏甲子園制覇「とにかく不思議です」
「全国高校野球選手権・決勝、沖縄尚学3-1日大三」(23日、甲子園球場)
決勝が行われ、沖縄尚学(沖縄)が日大三(西東京)を3-1で下し、1962年に初出場してから11度目の挑戦で初優勝を果たした。沖縄県勢としては2010年の興南以来15年ぶり2度目。センバツを2度制した沖縄尚学は3度目の甲子園制覇となった。日大三は11年以来3度目の優勝を目指したものの、惜しくも届かなかった。
沖縄尚学・比嘉公也監督(44)は自身3度目となる甲子園の頂点を静かにかみしめた。「狙っていたわけでもないのでとにかく不思議です」。優勝の“味”は今でも分からない。それでも指揮官として初めてつかんだ夏の全国制覇に「生徒がうれし泣きしていたのを見ると、こみ上げてくるものがあった」と親心は隠しきれなかった。
1999年のセンバツで同校のエースとして沖縄県勢初の甲子園優勝。その後は愛知学院大に進むも左肘を痛めたことで指導者の道を目指した。06年に母校監督に就任し、指揮官として再び春を制覇。選手で甲子園優勝を経験し、監督として春夏優勝を遂げたのは1966年に中京商を率いた杉浦藤文氏に次ぐ史上2人目の快挙となった。
指導のモットーは選手の主体性を育むこと。「絶対甲子園で優勝するというつもりで指導はしていない」と言い切る。練習メニューは選手が考案。「なぜそれをやるのか」を明確にし、選手に責任感を持たせる。生徒は赤点を取ればグラウンドで草むしりを科す。指揮官が決めたルールだ。教室の顔=グラウンドの顔。「やりたくなくてもやらないといけないことはある」と指導し自身も一緒に草をむしる。「僕が決めたルールなので」とその背中に選手は迷いなくついていく。「大きく育つことと甲子園で勝つことを両立できればベスト」。決して勝利至上主義ではない教えが、この夏の選手も大きく羽ばたかせた。
◇比嘉公也(ひが・こうや)1981年6月29日生まれ、44歳。沖縄尚学のエースとして99年春に全国制覇。愛知学院大では左ひじ痛のため3年で現役続行を断念し、学生コーチに就任。卒業後は沖縄尚学でコーチを務め、2006年6月から監督就任。08年春にセンバツ優勝。社会科教諭。




