ソフトバンク・王貞治会長「特別な存在でした」盟友・長嶋さんと別れ 自宅弔問無言の対面、ラストメッセージは「ありがとう」

 ソフトバンクの王貞治球団会長(85)が3日、肺炎のため89歳で死去した巨人・長嶋茂雄終身名誉監督を悼んだ。長嶋さんの自宅に弔問に訪れ、巨人で通算106回のアベック本塁打を放った盟友を「特別な存在」と感慨深げに明かし、沈痛な面持ちを浮かべた。

 ON砲として最強のコンビを組んだ相棒の死。「今朝、連絡をもらいまして、『えっ』、というのが最初の思いでした」。王会長は意気消沈の表情で取材に対応した。

 長嶋さんの都内の自宅を弔問に訪れた。「家に行く時から暗い気持ちだった。静かに横たわっているという感じだった。長嶋さんの顔を見てホッとしましたよ。昔と変わらずそこにいる。誰にでも来る日なんでしょうけど、やっぱり一番来てほしくない人に来ちゃった」。何とも言いがたい複雑で苦い表情がその心中を物語る。

 盟友は「特別な存在でした」。そして「不思議な魅力があった」という。「ユーモアがあったし明るい。何でも許されちゃうっていう不思議な存在でした。だから、ファンの皆さんにも、またメディアの皆さんにも特別な存在として扱われてたんじゃないか」としみじみと明かした。

 自身が高卒で入団した当初から、長嶋さんは巨人の主力選手として君臨していた。ファンの記憶にも残る絶大な存在感を示した特別な選手。その背中を追いかけ続けた。「存在感では全然かないませんから。バットで存在感を示すしかありませんでした。ホームランをとにかく追っかけた。数字でしか争えませんでした」。ミスターを励みに刺激を受けて“世界の王”となった。

 忘れられない一戦がある。1968年9月18日、甲子園で行われた阪神とのダブルヘッダー第2試合。頭部死球を受けて病院に運ばれた。その直後に長嶋さんは35号3ランと36号2ランと大暴れし、悔しさを晴らしてくれた。「残念なことにその場で見てないんだけど。僕の代わりに恨みを晴らすことができる特別な人だった」。当時の特別な感情を正直に明かし、すごさを生々しく表現した。

 現役時代は通算106回のアベックアーチを放ち、1965年から不滅のV9(9年連続日本一)を達成。強力なタッグを組んで巨人の黄金時代を築いた。OからNにかけたい言葉とはどんなものか-。「『ありがとうございました』という言葉ですべて表せると思います」。大きな背中に深い感謝の思いを伝え、最後の言葉を紡いだ。

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