中日OBが語った星野仙一氏との確執 「この監督の下でやりたくない」「なんか嫌だった、ゲームやるのが」

 広島戦で乱闘、審判に退場を命じられ激しく食ってかかる中日・星野監督(中央)=1987年
 中日時代の平野謙=1983年
 星野仙一氏
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 ユーチューブの「ピカイチ名古屋チャンネル」が15日に更新され、中日、西武などで活躍した平野謙氏が出演し、西武にトレード移籍した際の中日監督だった星野仙一氏との“確執”を赤裸々に語った。

 星野氏が監督に就任した1987年を「なんかゲームに全く集中していなかった。なんか嫌だったです、ゲームやるのが。(ソリが)合わなかったみたいですよ」と振り返った平野氏。続けて星野監督がミーティング前に『俺の話を聞きたくないヤツは帰っていいからな』と言った時に、平野氏は選手会長だったにも関わらず「僕、帰ったらしいんですよ」と他人事のように話しながらも、「そりゃ嫌われるはずですよね」と納得顔だった。

 同年の巨人戦では、中堅手として深い守備位置を敷けと指示された場面で、遊撃後方への打球がポテンヒットになった次の瞬間、後輩の彦野利勝と交代させられたことがあったという。平野氏はその出来事について「僕はふてくされて、ベンチ裏で遊んでましたよ。腹立ったから」と当時を思い返したのか、顔が赤く染まり始めた。

 この交代劇について中日OB会長を務める鈴木孝政氏は「衝撃的だったですよ。この代え方はマズイと。ヤバいなと思いました」と回想。平野氏は「試合後のミーティングで(星野監督から)『平野、俺はあれくらいは捕れる人間だと思ってる。100%の力を出してないように見える』とハッキリ言われました、みんなの前で」と続け、「あの年は集中力に欠けてましたね。その原因は何かと言われると、この監督の下でやりたくないな、なんで俺ばかり責められるんだよ、みたいな勘違い、思い上がりですよ」と告白した。

 この年のオフ、小野和幸との交換トレードで西武に移籍することになったが、「今となれば、好きとか嫌いとかではなくて、やれるはずの人間がやらないから星野さんは怒ってた。それは自分がコーチの立場になった時に分かりますよね」と、激情家として知られた星野氏の“本心”を感じ取っていた。

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