82年ぶり松山東“復刻ユニ”初披露
「選抜高校野球」(21日開幕、甲子園)
出場校による甲子園練習が17日行われ、21世紀枠で大会最長ブランクとなる82年ぶり出場の松山東(愛媛)が登場した。前回出場時や、松山商との統合で全国制覇した1950年夏と同じ、胸の文字がアーチ型の“復刻ユニホーム”を初披露。ナインは30分間、緊張の面持ちで聖地の感触を確かめた。
82年ぶりに帰ってきた春の甲子園。その間、どれほどの数の先輩たちがこの舞台を夢見たことだろう。巨大な観客席を見渡し、「鳥肌が立ちました」と堀内準一監督(48)。歴史の重みを感じながら、松山東ナインは30分間、聖地の感触を確かめた。
身にまとうのは届いたばかりの“復刻ユニホーム”だ。胸の「MATSUYAMA」の文字が緩やかにアーチを描いている。昨秋まで胸の文字は直線型だったが、21世紀枠選出後にOBからの要望でデザインを変更した。
春夏連続出場した82年前も、松山商との統合で全国制覇した1950年の夏も、胸の文字は「アーチ型」だった。直線になったのは1960年代後半ごろだという。ナインはこの日、初めて新しいユニホームを着て練習を行った。米田圭佑主将(3年)は「背中に先輩方がいると思ってプレーした」と話した。
82年前、先輩たちはここで勇敢に戦い、悔し涙を流した。初出場だった松山中(当時)は、1回戦で広島・大正中(現呉港)と対戦。相手エースはのちに「ミスター・タイガース」と呼ばれる藤村富美男だった。松山中は藤村から10安打を放ったが力及ばず、延長十二回の末に3-4で敗れている。
そのとき惜しくも逃した「1勝」がチームの目標だ。「先輩たちの借りを返したい」と米田主将。エース・亀岡優樹投手(3年)も「勝ちにこだわりたい」と、二松学舎大付との初戦(第5日)へ闘志をみなぎらせた。
愛媛県内屈指の進学校で、同校出身の正岡子規が野球部創部のきっかけをつくったと言われる。文武両道の選手たちは、大会期間中も宿舎で1日1時間の勉強時間を設ける。「誇りを持って戦いたい」と堀内監督。胸に宿る伝統の力を信じ、プレーボールの時を迎える。
