“マジックマン”のすごさ、主義とは

 こんなにうまいジョッキーがいるのか-。ファンの中にはそう思った人もいただろう。8月29、30日に札幌競馬場で行われた2015ワールドオールスタージョッキーズ(WASJ)。優勝したのは、香港を拠点に活躍しているシリーズ初参戦のジョアン・モレイラ騎手(31)=ブラジル=だった。WASJでは4戦2勝、2着1回の大活躍。56点を獲得してチャンピオンに輝いた。

 モレイラの活躍は予感できていた。06年にはブラジル・サンパウロで1日8勝のレコードを樹立。そして13年にもシンガポールで1日8勝を挙げている。シンガポールから香港に移籍したのは13-14シーズンのこと。シーズン途中からの参戦ながらも94勝を挙げ、リーディング2位となった。香港移籍2年目の14-15の昨シーズンが初のフル参戦。その初年度に史上最速で100勝を達成すると、それまでの記録(05-16年のD・ホワイト=114勝)を大幅に超える145勝を挙げて、シーズン最多勝記録を更新した“超大物ジョッキー”だ。

 昨年6月8日の安田記念で初来日したモレイラは、グロリアスデイズで6着。当日は計6戦して2着が最高だった。2度目の来日となった今回は土日で20レースに騎乗。日本の初勝利はもちろんのこと、“1日8勝”は厳しくても“2日で8勝”を記者は期待していた。

 札幌初騎乗となった土曜は1Rでいきなり勝利。ただ、JRA初勝利はあいさつ代わり。4、11Rと3勝を挙げると、馬主や調教師ら関係者が「短期免許で来ないのか?」と猛烈なラブコールを送り、某有名スポーツメーカー担当者も契約に名乗りをあげるほどだった。続く日曜は5、6、8、10Rと4勝。“土日で7勝”と大暴れした。

 WASJの前夜に開かれたパーティーで、ぜひ聞きたいことがあった。アスリートには“ゾーン”というものがあると耳にする。集中力が増したり、好調だったりすると、例えば野球選手ならボールが止まって見えたり、サッカー選手なら、ドリブルを仕掛ける時に相手がスローに見えたりする、というのだ。

 1日8勝した時に“ゾーン”があったのだろうか。「(ゾーンが)あればいいけどね。そういうのはないよ。野球のバッターは一人でしょ?でも、レースはジョッキーと馬。勝利というのは、ひとつのことだけでは成し遂げることはできない。もちろんスキルも必要だ。そして、強い馬に乗ればいくらでも勝つことはできるだろう。でも、必ず強い馬ばかりに乗れるわけじゃないからね。自分が高いスキルを持っていれば、いい馬に巡り合える。そのための努力が必要だ。人間関係、信頼、いろいろな努力を惜しまないようにしている」。モレイラはこう説明してくれた。

 「私だけの優勝ではない」。WASJに優勝したモレイラは、真っ先に感謝の言葉を口にした。同週で一番いいレースだったのは?と聞かれると、日曜8Rのアルバートだと即答した。「ノーステッキで追う必要もないくらいだった。力があった」。記者の想像では違う馬だった。日曜10Rのブラヴィッシモ。前が詰まると思った瞬間、外へ出さず、瞬時に内を選択して差し切ったレースだと思っていたのだが…。自分の技術を自慢するのではなく、真っ先に馬を褒めたたえたあたりに人柄がうかがえる。

 実は昨年も今年も、短期免許取得のオーダーがあった。ただ「母国ブラジルで家族サービスをしたい」という理由から立ち消えたという。今回の活躍で、再来日を求める声がヒートアップするなか「日本馬が海外遠征をした時は、声をかけてもらえたらうれしい。あと、夏の4週間、香港のオフシーズンがあるので、短期免許を申請したいと考えている」と言って、日本の関係者を喜ばせた。

 モレイラは“マジックマン”の愛称で知られる。「馬のベストの力を出して、いい結果へ導くこと。自然体でね。何もマジックなんてないんだよ」。種も仕掛けもないと笑うのだ。

 パーティーでモレイラからある質問をされた。「アイルトン・セナを知っているかい?日本でもF1があったよね」。もちろん、知っている。史上最速のF1ドライバーだ。ブラジルを代表するスポーツ選手といえば、サッカー界のペレとF1界のセナだろう。アイルトン・セナは“マジック・セナ”という異名を持つ。“マジックマン・モレイラ”もブラジルの誇りといってもいいだろ。彼の再来日を楽しみに待ちたい。

(デイリースポーツ・井上達也)

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