神山健治監督、映画「ひるね姫」に込めた想い

『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(2002年)、『東のエデン』(2009年)などで知られ、日本を代表するアニメーション作家として熱烈な支持を集める神山健治監督の最新作『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』が、3月18日より公開された。『009 RE:CYBORG』(2012年)以来となるこの映画は、岡山・倉敷市で暮らす女子高生・森川ココネが見る夢が、両親の過去を巻きこんだ出来事と絡み合っていく物語だ。神山監督自身「これまでとは作風が少し違う」と語る本作について、話を訊いた。

取材・文/田辺ユウキ

「今の若者は幸せそうに見えたんです」(神山健治)

──この『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』はまず、24時間、人々が機械作りに励んでいる街の「夢」からスタートしますよね。しかし、車の自動運転など技術が発達しているにも関わらず、その世界では常に渋滞を起こしている。高い技術力を生かすために様々な法律を定めているんだけど、進歩が逆に人々の暮らしを軋ませている結果になっています。

車の製造技術そのものは、自動運転が可能なところまできている。ただ、社会のインフラ、法整備の部分がコンフリクト(対立)を起こしている。僕らが生きる現実の社会でも、技術が進歩しているのに、生活に幸せが感じられなかったり、むしろ悪化しているように思えたりしますよね。それらをきれいにやり直していくには、全部ひも解いていかなければならない。みんな分かってはいるけど、後戻りできなくなっているこの現状の比喩として、あの冒頭のシーンがあります。

──「コンフリクト」がキーワードですよね。ストーリーも、夢と現実の世界の関係性がそうなっていますし、ある秘密が隠されたタブレットを巡るヒロイン・ココネと敵の闘いなどもそうです。あと、ココネと父親・桃太郎が、家のなかでもLINE的なツールで話すところも、ある意味、「コンフリクト」かも知れません。

あの父親と娘の関係性は、数少ない僕の実際のエピソードでもあるんです(笑)。3日くらい娘とメールでしか会話しないとか、たまにあるんですよ。でもアメリカ人のメディアの方がこの映画を観たとき、「アメリカでは割とメール、LINEで会話をしている親子がポピュラーだよ」と言っていて、あの描写に親近感が沸いたそうなんです。アメリカで起きていることは日本にも遅れて入ってくるだろうし、ますますそういう流れが出来てくるのかも知れません。

──技術の進歩は、コミュニケーションの方法も変えていきました。良いか悪いかは別として。でも、かつての時代では夢物語でしかなかった物事が、今や実現されるようになった。夢と現実の境界線がなくなっていますよね。VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、あとSNSも。

現実はさまざまなものに浸食されています。しかし、浸食されないものもある。それは、「世界がどうなろうが、私が信じる世界はこうなんだ」という個人の想い。この映画はそこに着目しました。

──この映画も、もともとは神山監督が「自分の娘に見せたい映画」というところからスタートしたんですよね。

そうです。というのも、僕らが考えているよりも、今の若者は幸せそうに見えたんです。その「幸せに見える」という印象が、いったいどういうところからきているのか。その内側の部分を描いてみたかった。

──その内側を描くことで見えてくるのが、ココネの父親、母親の身に起こった過去の出来事。それを彼女が知ったことで、現在の自分の状況を脅かすことになっていく。

何にも関わろうとしなければ、彼女は何事もなく幸せを手に入れることができたはず。そもそも10代の頃って、自分以外の人に大きなストーリーがあるとはなかなか思えない。両親も、生まれたときから父親は父親、母親は母親として認識している。でもあるときを境に、そんな両親にも、ちゃんとストーリーがあるんだと分かる。ココネは、そこにコミットせざるを得なくなってくる。3世代に渡るお話ですが、祖父のときに発生した問題が今のココネにまで続いているわけで。それは現在の社会そのものですね。彼女たちにとっては、「それは自分たちで解決しておいてよ」という気持ちではないでしょうか。

「映画を通して今の社会に少しでも希望を」(神山健治)

──夢の世界に、街を守るエンジンヘッドというマシーンが登場しますが、見た目はデカくて高性能だけど、実は肉体を酷使して人力作業で動かしていますね。指示しているのは年配で、動かしているのは若い人。で、何から街を守るのか。それがオニと呼ばれる得体の知れない巨大な怪物という。

あれはいろんなものへのメタファーです。「オニ」と呼ばれているけど、「鬼」に見えない。同調圧力であったり、世のなかがどう転ぶのかという不安だったり。この物語の時代背景には2020年の東京オリンピックがありますが、そもそもオリンピックは日本が20世紀に体験した成功の最たるもの。でも体験していない世代からしたら、成功体験にはまだなっていないですよね。その齟齬が、今の日本には大きく横たわっていると思うんです。それもまたオニに込めたメタファーのひとつです。いろんなものが混ざり合っているからこそ、形のない怪物になっています。

──あの得体の知れなさは、東日本大震災以降、未来に抱いている不安感もありますよね。2020年の東京オリンピックまであと3年ですが、僕自身は2020年という未来がやってくるのが怖いです。自分が果たしてどうなっているのか、想像したくない。

僕自身、この映画は大震災がきっかけとなって作りました。映画のなかでは多くの人を救うことができるけど、現実では誰もが大変な思いをしています。これまで自分が描いてきたテーマと、実際の世のなかの雰囲気に齟齬を感じずにはいられなかった。震災前は、映画で「何か起きるかもしれない」と問題定義をすることができました。実際、当時は世界中で日本は幸せ指数が高い位置にあった。それでも、この国に生きていながらそれを実感できない現状もあった。

──なるほど。

ですが、それに薄々気づいている人たちもいました。何も起きない日常の方が、ファンタジーなんだという感触が、僕が改めて言うまでもなくあったと思うんです。それから、大震災が起こった。だからこそ僕は今、映画を通して今の社会に少しでも希望を感じてもらいたいんです。

──神山監督のインタビューをいろいろ読んでいたんですけど、あの震災への思いの強さがすごく伝わってきます。

僕自身が直接被害を受けているわけではないので、おこがましい気持ちがあります。しかし自分が映画を作るスタンスとして、やはり今の世のなかで起きている一番大きな問題をちゃんと切り結んでいきたい。それが、物語を考える上での僕のドラマツルギー(製作手法)。これからもそこは無視せず、映画を作り続けていきたいです。

(Lmaga.jp)

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