インドが舞台の“食べる映画”から学ぶ

 食いしん坊な筆者は、食をテーマにした映画を観るとアドレナリンが一気に上がる。公開中のインド映画『めぐり逢わせのお弁当』(リテーシュ・バトラ監督)の冒頭、ムンバイの街をダッパーワーラーと呼ばれる弁当配達人が、喧騒の中を出来たて弁当を運ぶシーンを観るだけでワクワクしてしまう。

 そんなインドを舞台にした映画がもう1本、ドキュメンタリー映画『聖者たちの食卓』(渋谷アップリンクにて公開中、順次全国公開)。インドのシク教総本山にあたるハリマンディル・サーヒブ(黄金寺院)で毎日行われているという、巡礼者や旅行者への無料食事提供の様子を淡々と映したものだ。その数、毎食10万食!来日した監督の1人であるベルギーの映像作家&料理人のフィリップ・ウィチュスに話を聞いた。

 そりゃもう、圧巻なのである。男たちがひたすらニンニクをむけば、女性たちはおしゃべりに興じながら野菜の下ごしらえをする。それらが巨大な大鍋に放り込まれてカレーに。その傍らでは、焦げ目が食欲をそそるチャパティが次々と焼かれていく。スクリーンから芳ばしい匂いまで漂ってきそうだ。そうしてでき上がった料理を、一度に5000人を収容できる共同食堂で、もくもくと皆で食べる。これがボランティアスタッフの手によって、500年間、脈々と続けられてきたというから、さらに驚きだ。

 ウィチュス監督も、この光景に魅了され、約1カ月間滞在してカメラを回したのだという。

 「ここの厨房では、例えばレッドペッパーは現物を用意し、それを挽いて粉々にするところから調理が始まるんだ。食の本質を見直すきっかけになるし、非常にベーシックな食材をカレーにすることで、多くの人に食事を提供することが可能だということが分かるのではないだろうか」

 ウィチュス監督は料理人を名乗っているほど、食への造詣が深い。とりわけ大勢で囲む食卓だ。子供時代から母親の料理の手伝いをし、客人が来た時は腕を振るっていたという。知人の紹介でベルギーの音楽グループ「ザップママ」のツアーにシェフとして参加したり、ハイチ共和国のスラムで一日1000人に食事を提供する活動を1年間行っていたこともあったという。

 「大人数の食を用意する大変さはよく知ってますが、インドよりハイチの方が大変かな?食料が豊かじゃないのでね。でも階級も職業も関係なく、皆で食卓を囲む。その空間を共有することで、初めて分かち合えることもあるんですよね。これって人間の本質じゃないかな。それに日本やベルギーで飢えはないが、インドだったら貧困の解決策としてグル・カ・ランドル(共同食堂)があるということも知って欲しい」

 監督の言葉や映画を見て、思い浮かべた光景がある。真冬に、映画の撮影現場取材に行った時、夜も更けて凍えるほど寒かった時に出された、夜食のカレーがどれほど美味しかったか。東日本大震災の被災地にボランティアで入った時、老若男女がハフハフとカレーを頬張る姿を見て、温かい食事が身も心も温めることをひしひしと実感したことか。そう、日本人にとってもはやカレーは国民食。日本人ほど『聖者たちの食卓』を観て共感できる人種はいないのではないだろうか。

 その一方で考えてしまうことがある。東日本大震災時、我々はあれだけ食の有り難みを実感したというのに、今やすっかり忘れてしまったかのようだ。

 平成25年(2013年)9月に農林水産省が発表した資料によると、日本では年間約1700万トンの食料廃棄物が輩出。そのうち、まだ食べられるのに破棄された「食品ロス」は、年間約500~800万トン含まれると推測されるという(数字は平成22年度推計)。日本の食品ロス量は、ナミビア、リベリア、コンゴ3カ国の国内仕向量に相当するという。

 ちなみに劇中に登場する寺院では、残ったチャパティは乾燥させて保存し、牛の餌として販売されている。それが定期的な寺院の収入になっており、それがまた無料食堂に還付されているという。食器はアルミ製で洗えば何度でも使用可能だ。本作から学ぶことは多い。(映画ジャーナリスト・中山治美)

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