中国の精神科に密着したワン監督の力作

 異例の、中国の精神科病院に密着したドキュメンタリー映画『収容病棟』が公開中だ。手掛けたのは、前作『三姉妹-雲南の子-』(2012年)がベネチア国際映画祭オリゾンティ部門でグランプリを獲得するなど世界で高い評価を受けるワン・ビン監督。

 ワン監督はこれまでも、1960年代の反右派闘争の悲劇や地方の労働者の実情など、公にならない中国の暗部を切り取ってきた。上映時間227分に及ぶ本作もまた、現代中国が抱える問題を写しだしている。

 ワン監督が精神科病院に興味を抱いたのは03年のこと。北京郊外にある無機質な建物の中に、もう20年~30年も暮らし続けている人たちがいたという。以来、年に数回通っていたそうだが、次に行くと、顔見知りの患者がいなくなっている事に気付いた。ワン監督が看護婦に彼らの所在を聞くと驚かれたという。「皆、亡くなったというのですが、その彼らの多くが身寄りがいないか、家族に見捨てられた人たちばかり。それまで誰も、彼の安否を気遣う人はいなかったそうです。その話を聞いた時に、収容病棟の中で生活している人たちについて映画にしなければならないと思った」(ワン監督)。

 ただし取材交渉は難航し、約3年間に渡って様々な施設の門を叩いたという。ようやく許可が降りたのが12年で、雲南省にある病院。そこが今回の舞台となっている。「特に制約はなかったのですが、病院側は1~2週間で撮影が終わると思っていたようです。でもこうしたドキュメンタリーはその程度の期間で撮れません。(病院側を)だましだまし延長し、結局、3カ月密着しました」(ワン監督)

 ワン監督のドキュメンタリー作品は、『鳳鳴(フェンミン)-中国の記憶』(07年)のようにインタビュー形式もあるが、多くの作品で貫いているのは、ナレーションを入れずに事実だけをそのまま伝える「ダイレクトシネマ方式」だ。

 今回も男女200人以上が収容されている病院内を淡々と撮すが、患者の名前や収容年月が表記されることはあっても、病名や収容理由は一切説明しない。それどころか名前すら出ない患者もいるが、「元ホームレスなどで本当の名前が分からない人もいます」(ワン監督)。

 それでも、面会に来た家族などの会話から、妻へのDVや発達障害が問題となったのであろうというおおよその状況は分かる。その一方で、患者同志の恋愛劇もあり、その彼らのどこに問題があるのか?果たして健常者と精神障害者の違いは?など、考えさせられる事も多い。

 「病名を表記しなかったのは、一言に精神障害と言っても様々な症例があるし、観客の中にはその病気に対して偏見を持ってしまう人もいるでしょう。それは出来るだけ避けたいと思いました。患者の中には時に、発作を起こす人もいましたが、極端な状況に陥っている場面も撮影していません。それよりも、もっと人間そのものに主眼を置いて欲しいと思いました。実際私自身、毎日患者と接していると、1人1人の病状を把握出来るようになりました。中には病人とは思えぬ人もいましたね。恐らく、ちょっと性格が頑なだっただけに、何かのきっかけで病気だと烙印を押されて送られて来たのでしょう。我々も何か事件を起こした際、病院に閉じ込められる可能性もあるのではないか?と思いました」(ワン監督)

 ワン監督が最初に精神科病院を訪問してから約11年。その間、中国では北京五輪に伴う開発ラッシュやその後の経済成長により大きく社会が変わった。ゆえに患者の傾向も変わってきたという。

 「私が最初に訪れた頃は、文化大革命後に精神的な病気になったという患者が多かったと思います。しかし今回の雲南の病院では、現代的な背景が要因になっていると感じました。中国が推進する゛一人っ子政策゛に違反したために精神的に追い詰められた女性や、都会に出稼ぎに出たにもかかわらず工場の騒音など環境に馴染めずにアルコール中毒になった人もいました。また、地元の政府機関とトラブルを起こした人も収容されていました」(ワン監督)。

 ワン監督はすでに次回作の製作に入っている。被写体となるのは、27歳と28歳のカップル。共に地方から都会に出てきた2人が愛を育んで結婚したものの、住居問題や親の介護など向き合わざるをえない現実にどのように立ち向かっていくのかを追うという。

 今、中国人観光客が世界中を席巻し景気の良さをまざまざと見せつける一方で、国内では一般人を巻き込んだテロ事件が多発している。一体、中国で何が起こっているのか?ますます、海外との共同製作で客観的に自国を見つめるワン監督の視線が注目されそうだ。

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