大阪桐蔭での悔しさをバネに 躍動する同大のルーキー左腕・松井

 その目には確かな闘争心が宿っていた。3日に行われた関西学生野球リーグ・近大との開幕戦。同大のルーキー・松井孝太郎投手(1年・大阪桐蔭)は味方が同点に追いついた直後、九回裏から3番手でリーグ戦初のマウンドに抜てきされた。

 「緊張しました。最初はびびってました」。先頭打者こそ右飛に打ち取ったが、1死から右中間へ二塁打を浴びた。さらに2死一、三塁とピンチを広げ、一打サヨナラの場面。それでも「先輩たちが声をかけてくれたので」と三ゴロに打ち取って延長戦に持ち込むと、延長十回も1死二塁のピンチを背負いながら丁寧な投球で走者の生還を許さなかった。

 すると延長十一回表にチームが2死から勝ち越しに成功。伝統あるリーグで、初登板初勝利という偉業を成し遂げた。「本当にうれしいです」とはにかんだ松井。出身は名門・大阪桐蔭。だが全国の舞台でその名前が高校野球ファンに知れ渡ることはなかった。

 「本当に高校の時は悔しい思いしかないです」。中学時代に所属していた三田リトルシニアでは、強豪校が争奪戦を繰り広げる逸材だった。運命の歯車が狂ったのは1年秋の履正社戦。先発に抜てきされたものの、大量失点を喫しコールド負けした。以降は慎重にコーナーを突こうとしたことで四球が増えて自滅するケースが増えた。制球自体も不安定になった。

 全国制覇した2年夏はベンチ外。新チームが始動しても同級生の左腕・田中誠也投手(現立大)が不動のエースとして君臨し、登板機会はほとんどなかった。「全国制覇の時はメンバー外。センバツでも投げられなくて、夏は自分でどうにもできなくなっていた」と松井。制球を意識しすぎないように、指導者とスプリットの習得に取り組んだこともあった。練習試合で彼が登板する姿を見ていたが、制球の不安定さは最後まで克服できなかった。

 あれから1年後、大学野球のマウンドに立った男はまるで別人だった。テンポ良く、無難にストライクを奪っていた。高校時代は最速140キロ超を計測していた直球は、135キロ前後に落ち着いたものの「バランスを意識して、しっかり腕が振れるようになったと思います」と本人は手応えを口にする。

 同大の渋谷監督は「高校時代のことも知っていたし、一度、フォームをバラバラにして。最初は7~8割の力で組み立てていくようにした。初勝利はおまけですけど、よく投げてくれたと思います。自信になったと思います」と目を細めた。

 全寮制の大阪桐蔭とは違い、大学では自己管理の比重が大きくなる。そのせいか夏場に体重が5キロも落ちたという。「もっと食事の面でしっかりしないといけない」と表情を引き締めた松井。「大学で高校時代の悔しさを晴らしたい。気持ちが弱いので、もっと頑張ってしぶとい投手になっていきたいです」と力を込める。

 確かに高校時代に主だった結果は残せなかったかもしれない。それでも3年間で味わった悔しさを力に変え、左腕は大学野球で花を咲かせようとしている。甲子園で活躍することが目標であっても、それが野球人生のすべてとは限らない。

 大阪桐蔭・西谷浩一監督は常々、生徒に「大学、社会人でも野球を続けて欲しい」と教育する。あきらめずに努力し続ければ、必ず輝ける場所がある-。その事実を松井は大学野球の舞台で証明して見せる。(デイリースポーツ・重松健三)

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