オリックス戦 沖縄開催の理由

 6月28、29日に沖縄セルラースタジアム那覇でオリックス対楽天の2連戦が行われた。当初はパ・リーグの5位対6位の対戦に観客動員が心配されたが、2試合とも1万3000人前後とまずまずの入り。初戦は地元出身のオリックス・大城が決勝犠飛でお立ち台に上がるなど大盛り上がりだった。翌日の地元紙は1面でこの試合を伝えた。

 実はこの試合はパ・リーグの公式戦では1962年の阪急-大毎以来、54年ぶりの開催だった。1972年の沖縄返還以降では初だ。なぜ、オリックスだったのか。そこにも一つのドラマがあった。

 プロ野球の公式戦誘致は開催の2年前に行われることが多い。今年の試合開催については2014年にほぼ方針は固まったという。

 奥武山球場から2010年にリニューアルが完成。2014年までにセ6球団が那覇で試合を行った。そこで次はパ・リーグとなった。2014年のパ優勝チームはソフトバンク、2位がオリックスだった。

 優勝チームではなく、2位のチームが選ばれた理由、それはオリックスに沖縄出身の比嘉幹貴投手がいたからだ。この年、比嘉は62試合に登板し、7勝1敗20ホールド、防御率0・79という抜群の成績を残した。なによりパ・タイ記録となる34試合連続無失点という驚異的な記録を樹立。毎日のようにピンチに登板し、切り抜ける。これが興行主の目に留まった。強くてしかも島人が大活躍するチーム。沖縄の本土返還後、パで初めて公式戦を誘致するチームとしてオリックスは最適だったというわけだ。

 2年のときを経て、オリックスとともに比嘉も故郷の土を踏みしめた。この間、昨年8月に右肩関節唇修復手術も受け、復帰したばかりだった。

 比嘉は「この時期に沖縄にいるのが不思議です。投げられれば一番いいけど、チームが勝つことが一番です」と話した。残念ながら登板機会はなかったが、長いリハビリのころを思えば、ここにいられることが幸せだった。

 オリックス・大城、比嘉だけではない。楽天のご当地選手、伊志嶺が代打で登場した際にも大きな声援が飛んだ。そして、同じく地元興南出身の名幸審判の名前もスタンドから何度も呼ばれた。

 大声援とスタジアムにこだました指笛。沖縄県民の野球への強い思いと郷土愛を実感した2試合。大成功に終わったパ54年ぶりの沖縄開催。立役者となった右腕は次の登板に向けて千葉へと移動した。(デイリースポーツ・達野淳司)

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