西勇輝の「轍」を胸に
【9月25日】
「天吉」で腹ごしらえしてハマスタへ…食欲を満たし、勝ちたい欲をエースに満たしてもらえば言うことはないが、そんなに簡単な世界じゃない。ベイ打線もさすがの粘り強さを誇った。
というか…。天吉?
「てんきち」と読む。伊勢佐木長者町駅から歩いて5分。知る人ぞ知る天麩羅の老舗。横浜戦の前に立ち寄るのは今回が初めてじゃない。昔は関内に構えていたので、それこそベイスターズファンには馴染み深いと思う。
僕がこの店に立ち寄るようになったきっかけは、それはもう、サザンオールスターズに目がないからだ。
「天吉」が、サザンの心臓、原坊こと原由子の実家が営む明治創業の名店であることは、ハマっこなら知るだろうか…なんてことを呟きながら、伊勢佐木町商店街に流れた「希望の轍」を口ずさむ夜だ。
「希望の轍」といえば、桑田佳祐監督作品の映画『稲村ジェーン』の劇中歌。そんなこと、昭和男子はほぼほぼ知っている(と思う)が、調べてみると、この名曲は1990年のリリースだから36年前。ということはそうか。虎戦士では、この日、引退を表明した西勇輝が生まれた年…となると、若い選手が知るわけないか。
「希望の轍」の「轍」(わだち)がちょっと読めないし、難しい。意味は「車が通ったあとに残る輪の跡」。転じて歩んできた道。乗り越えてきた証。信念で道を切り拓いた誇り…派生がカッコいい。夢をのせて…。走る車道…。ああ、鼻がツンとなる。痺れる虎の最終コーナーを追う者を癒やしてくれる。さすがに茅ヶ崎、エボシラインまで足を伸ばせないけれど、ここでサザンの旋律に揺られるのも心地よい。
さて、藤川球児から「エース」と託された村上頌樹の「轍」は、本人がどう振り返ろうが、指揮官の信頼は不動に違いない。そして、この勝負所での0封、粘投は次に繋がる。
「村上は十分でしたね」。この夜、球児はエースをそう評した。惜しまれる逆転負けの夜、135試合目の監督会見はいつものように行われた。球児はこの日まで135回、一度も拒むことなく、滞らせることなく担当記者と向き合い、定例の会見に応じてきた。
虎番キャップは試合後に設定される監督会見に参加する。かつて僕も経験したが、当欄を担う今はその日書きたいネタ次第で出たり出なかったり。ただ、出なかった日も必ず「球児語録」をチェックしてからコラムを書くようにしている。この夜もそうだ。
ほか11球団の指揮官、それぞれの動静は詳しくは分からないが、歴代阪神監督の会見拒否は少なからず見てきた。前監督の岡田彰布も拒んだ夜が何度かあった。僕が監督なら…勝負所で負けた日は何もしゃべりたくないと思う。もしゲームがしんどい内容なら「無し!」と舌打ちして帰る。が、どんなときも球児は断らないのだ。
ため息の中にほのかなあこがれが寄り添う…「希望の轍」を残してくれた西勇輝に感謝しながら残り8試合へ向かう。=敬称略=
