江夏の野球道に学ぶ

 【9月22日】

 神宮へ来て腹ごしらえをすれば、よく思い出す。レジェンド江夏豊にご馳走になったカツ丼とビールを…。試合前に都内で待ち合わせ、そこから徒歩で馴染みの店へ向かう。

 「いつものでいいんだよな?」

 暖簾をくぐり、テーブルにつけば、メニューはほとんど見ない。山盛りメシの上にヒレカツの卵とじ…。

 「もう一杯くらいいくか?」

 江夏の前では「はい」しかない。

 赤ら顔で神宮へ行くと、事情を知る記者から「きょうも江夏さんと?」。そんな日々が懐かしい。ほろ酔いでもレジェンドの「野球道」は忘れない。

 「大海原をガムシャラに泳いで、ようやく向こうにゴールの岸が見えはじめるんだよな。人間の性(さが)というのかな。本音としてはそこへ早く着きたいよな。早く着いて、いい思いをしたい、いいもんを食べたい。当然、だよな。でも、そこに心の隙が生まれるんだよ」

 10余年前、江夏は僕にそんなふうに語っていた。これ、何の話かといえば、星野阪神がぶっちぎった03年の述懐である。あのシーズンは7月にマジックが点灯したものの、夏のロードで大きく負け越して足踏みが続いた。

 絶好調なのに急にブレーキがかかる理由って何なんでしょう?

 そんな僕の素朴なギモンに応えてくれたわけだ。

 「プロ野球選手っちゅうのはよ。それなりの技術を持った人たちがやっているんだけど、光が見えてきたときに余計なことを考えてしまう。結局、この世界はいかに精神的なものが大きいかっちゅうことだよな」

 さて、連覇という光を視界に捉える藤川阪神は延長戦を勝ちきった。7連戦の6戦目。疲労度は計り知れない。十一回に、この夜ヒットのなかった高寺望夢が決勝2ラン。緊急登板のセベリーノの快投に応える一撃は、向こう岸の光をたぐり寄せたように見える。

 なぜ、高寺がこの土壇場、この痺れる局面で打てたのか。

 それは、彼が今まさにガムシャラに泳いでいるからに違いない。心の隙?そんな余裕なんてあるわけないのだ。いちいち書かないが、今月の彼のヒット数を見てみると、本人の胸中は切迫感で溢れているかもしれない。江夏の言葉を借りるならば、高寺には「余計なこと」を考える隙間がないのだ。

 振り返れば、初回わずか7球で4点を奪った夜である。森下翔太の先制打、佐藤輝明の36号2ラン…野球ってこんなに簡単に点が入るのか。7連敗中の虎に見せてあげたい…なんて書けば怒られそうだが、あの頃は史上最強のクリーンアップでさえ、金縛りにあったようにバットが湿った。

 ガムシャラに突っ走り、光が見えたときに隙が出てしまったのか。いや、それはないはずだが、あの長いトンネルが雑念を振り払ってくれれば「ケガの功名」にもなる。前夜の大山悠輔のサヨナラ弾、そして、この夜の高寺弾を号砲に、無心でゴールへ突っ走りたい。これでマジックは…いや、向こう岸はもう見ないでおく。 =敬称略=

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