無死満塁、3者三振の記憶

 【7月22日】

 夏の甲子園といえば、藤浪晋太郎である。その彼が「里帰り」したのだから感傷に浸りたくもなる。4年ぶりの聖地。青い背番号27は95球で降板した五回途中、大きな拍手を浴びた。

 阪神打線が塁上を埋める展開はある程度、予測できた。そこで藤浪がどう凌ぐか。または、崩れるのか。阪神の右打者が普段よりベースから離れて立ったのは想定の範囲内だったか。そういう意味ではある意味もどかしさもあるだろうけど、僕の願いは一つ。ここで度々書いてきた。しつこい筆になるけれど、それでも藤浪にはもう一度…。そのきっかけを甲子園で掴んでくれれば…。そんな思いでゲームを見た。

 藤浪という大器を10代の頃から見てきた。彼のイメージは大阪桐蔭、春夏連覇の絶対的エースである。夏の藤浪でいえば、しかし、高校王者としての輝きばかり先行するものではない。僕の頭には、ほろ苦い記憶も残る。

 あれは初めて藤浪を見た夏だ。2年生エースは大阪大会の決勝戦で東大阪大柏原を相手に七回途中で降板。サヨナラ負けを喫し、人目をはばからず涙していた。その悔しさを力に翌春に雪辱を期したわけだけど、当時の感想を書けば、戦国大阪で大型右腕が独りきりで天下を取るイメージは沸かなかった。あと2枚、脇を固める大きな力が要る…そんな見方をした覚えがある。しかし、その一年後、見る目の無さを痛感したことは書くまでもない。

 結局、「大阪桐蔭の藤浪」は春も夏も仁王立ちし、甲子園で一度も負けることなくプロの道へ進んだわけだ。

 僕の取材の限り、「甲子園の藤浪」で最も印象に残っているのは12年夏の決勝戦ではない。その前春のセンバツ準々決勝、浦和学院戦だ。あの試合、六回から登板した剛腕は七回に無死満塁のピンチを迎えることになった。スコアは1-1。さすがにこれはしんどい…ここまでか。そう思ったら、なんと絶体絶命の窮地で3者連続三振。あれが藤浪をプロへ押し上げる原動力になった。僕は今もそう思っている。

 序盤で2度の満塁機。この夜の阪神-DeNA戦である。虎よ、ここでたたみかけろ。そんな感情と同居したのが「晋太郎、踏ん張れ」のエールだ。

 二回2死満塁では、中野拓夢を追い込んでから最後は外からのカットボール。いわゆるバックドアで見逃し三振に抑えると、三回2死満塁では伏見寅威に同点打を浴びたが1点で凌いだ。 阪神に軸足を置く当欄だけど、かつての虎戦士にエールを送り続けたい。それは、降板する藤浪に大きな拍手を送った虎党ときっと同じ気持ち。

 試合後、藤川球児は藤浪について、ひと言だけ言及した。

 「元気でやっている姿を関西の野球ファンに見てもらえるのは同じ野球界の人間としてはうれしいな、と。あとは、ここ(胸)にとどめておきたいと思います」

 それ以上は…。同感である。

 風も、傾斜も、スパイクの感触も…。忘れえぬ郷里のマウンド。またここで目いっぱい腕を振る晋太郎の姿を見たい。=敬称略=

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