「信は力なり」の生き様
【5月30日】
「泣き虫先生」が旅立った。脳梗塞を患い、83歳だったという。阪神監督の藤川球児は「星野監督のときに講演を鳴尾浜で受けたんです」「いまだに心の師」と、亡き熱血漢を偲んだ。
弱小の伏見工ラグビー部を全国制覇へ導いた山口良治が「泣き虫…」と呼ばれていたことを知らない年代も増えた。僕はどちらかといえば、山口監督をモデルにしたTVドラマ『スクール☆ウォーズ』にハマった世代。だから、星野政権の時代に「あの泣き虫先生がやって来る」と聞いて興奮したものだ。鳴尾浜の特別講義は取材不可だったが、当時受講した球児は「指導者の生き様を見ました」と懐かしむ。
では、山口の「生き様」とはどんなものか。本を一冊買ってみた。
『花園の記憶』(ベースボール・マガジン社)によれば、山口率いる伏見工が初の全国制覇を決めた81年の60回大会決勝は、大阪工大高との壮絶なタックル戦になったと記してある。SOで大黒柱の平尾誠二が左太ももを肉離れしたまま強行出場したが、それでも手負いのエースを信頼して勝ち越し。大接戦のスコアは7-3。山口は…
【「最後の5分は(選手を)信じることがこんなに苦しいとは思わなかった。でも改めて信じることの素晴らしさを選手から教えてもらいました」と涙声で話すと、「今日は泣かせてください」と叫んだ】(原文まま)
山口の信条は「信は力なり」。監督が信じきる選手…究極全員がそうなら言うことはないが、簡単ではない。
阪神の指揮官もこの2年間で「信じることが苦しくなる」ような戦いを何度か経験したかもしれない。
千葉の第2Rはどうだったか。接戦を振り返り、ミスの出た試合を拾ったからこそ敵陣からの学びを記したい。
「珍しい左失」が記録された六回である。先頭友杉篤輝の左中間への飛球を森下翔太が捕りきれず、こぼれた打球が転々とする間に「ランニングホームラン」の格好になってしまった。森下、そして村上頌樹にとって強風のいたずらは不運だったが、ここは「左飛で全力疾走」していた友杉を称える。
友杉といえば、今春のオープン戦で一塁走者として凡ミスを犯していた。無死一塁の戦況で続く打者の投ゴロで二塁に滑り込み、判定セーフにもかかわらず、思い込みでベースを離れタッチアウト。サブローから懲罰交代を命じられた。指揮官は「あのプレーは許せない」と怒りを隠さなかったが、友杉はその失態を戒めに、今レギュラーとして規定打席到達を目前にする。この日もあの打球を「左飛」と決めつけていれば一気生還はできなかった。
阪神にもミスを克服してほしい選手がいる。球児はこの日、出場登録を抹消した福島圭音にあえて言及した。29日の試合でエンドランのサインを見落としたことを断じ、「野球は連携プレー。サインの遂行といいますか、その理解がなかなか追いついてこない」と降格の意図を説明した。「この経験を生かしてほしい」。そう語る指揮官に「信は力」と思わせる選手になって帰ってきてほしい。=敬称略=
