OIST視察から9年目の春
【2月12日】
阪神キャンプの宿舎から車で5分ほどいけば、東シナ海を望む外堀に「OIST」の文字が浮かぶ。沖縄科学技術大学院大学の略称で、国内外の英知を結集した知る人ぞ知る最高学府だ。
内閣府の直轄で運営資金のほぼ全てを国が拠出する特別な大学である。世界最高峰の科学雑誌「ネイチャー」を発行するシュプリンガーネイチャーが発表した「質の高い論文ランキング」でOISTは東大、京大を抑えて世界9位。一躍、知名度が上がった。せっかく無二の研究機関が出張先の身近にあるのだから行ってみたくなった。
阪神ネタに関係ない?
いや、それが「ある」のだ。実は9年前、当時の阪神球団幹部がOISTを訪れていた。17年2月だから金本知憲政権2年目の春だ。当時球団社長の四藤慶一郎と常務取締役の谷本修らが広大な研究施設を見学。「新しい刺激を得るため」にキャンプ休日を学びの時間に充てた。「世界一のチームを作ろうとすれば、何か役に立つかもしれない」。そんな見学の趣旨を耳にしたが、当時の粋な取り組みがメディアに報じられることはなかった。
全教員が研究室を持つという、既存の大学システムに類を見ない環境がイノベーションの源流になる。企業も参考にすべき独創の研究マネジメントからヒントを得たい…「超変革」時代の大志は藤川阪神に受け継がれている。
さて、この日の宜野座は朝から猛虎のOISTがスタンドを沸かせた。前日の紅白戦で1号を放ったO=大山悠輔は順調にキャンプを過ごし、投内連係で機敏な動きを見せたI=伊原陵人は2年目の存在感を増す。侍合宿へ向かうS=佐藤輝明は6連発締め。そして、その主砲をも凌ぐ大歓声を浴びたのはT。ドラ1の4人衆を追いたくなった第3クール2日目だったが、中でも目を引いたのが立石正広だった。
午前中、立石はブルペンの打席で伊原の球筋を見た。いわゆるトラッキングで「目慣らし」したわけだが、これは指揮官・藤川球児からの打診、また承諾のもとで行ったもの。ただ誰の打席に立ちたいかは本人の意向だった。左腕の軌道を見たい。立石は意思を明確に伝えたうえで伊原と相対した。
午後から臨んだ屋外での打撃練習はネット裏のプロ野球OBが口々に「モノが違う」と感心していた。確かにロングティーの飛距離を見ても非凡であることは一目瞭然。外野のフェンスをはるかに越えるたびに感嘆の声が上がったが、それでも故障明けの本人は至って冷静だった。球団には3人のPT(理学療法士)資格のトレーナーが在籍するが、その一人が立石のリハビリを担当する。前日11日にコーチ陣を交えた対話で立石本人が「スパイクを履いて打ちたい」旨を示し、無理のないプラン通り、階段を上っている。
立石について指揮官は「いいものはまだまだ見せてもらう必要はないですから」と言う。離脱した石井大智を慮り、会見で涙した球児はそれでも前を向く。選手を「宝」と言うリーダーは科学的見地のもと黄金期のイノベーションを創出してゆく。=敬称略=
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