31年目に31歳を追う

 【1月16日】

 「おかん、大丈夫?」。木浪聖也は故郷の母へLINEを送った。昨年12月8日、深夜のことだ。23時15分に青森県東方沖を震源とする地震が発生した。最大震度6強。強い揺れだった。

 マグニチュードは7・5。あの夜、気象庁は北海道から青森県の太平洋沿岸、岩手県に津波警報を発令し、真冬の深夜に多くの人が避難を余儀なくされた。巨大地震の可能性が高まったとして同庁が後発地震注意情報を22年の運用後初めて発令し、「特別な警戒」を呼びかけた。幸い青森市内の木浪の実家に甚大な被害は出なかったもののご家族は「人生初かもしれません…」と、当時の恐怖を振り返る。

 震度6を超えればそれはもう「恐ろしかった」に違いない。地震大国…どこかで大きな揺れがあるたび、筆者のトラウマは瞬時に膨れあがる。

 球界でいかに大きなニュースがあっても、この日は必ず「1・17」を書いてきた。神戸に本社を置く新聞社の、また、あの年の春に入社した記者の使命と考え、毎年記している。

 95年1月17日、5時46分に発生した阪神・淡路大震災からきょうで31年が経った。国内史上初の震度7が観測された惨事の犠牲者は関連死を含め6434人。住宅被害は約64万棟にのぼった。当時大学4年だった筆者はデイリースポーツから入社内定をもらっていた。が、壊滅した神戸三宮の本社を目の当たりに絶望した。新聞記者になる夢が…そんなことを思いながら、しかし、居ても立ってもいられず、手持ちの紙幣を封筒に入れてデイリー大阪本社へ走った。何かお役に。若輩でそれくらいしか思いつかなかった。

 入社31年目に31歳のプロ野球選手を取材する。ひと月前に青森を襲った地震は何度か余震に見舞われたが、その後、木浪の生家は日常を取り戻しているという。お正月は両親が兵庫を来訪し、家族で新年を祝った。

 この日は侍ジャパンのメンバーが追加発表され、阪神から坂本誠志郎、佐藤輝明、森下翔太を選出。紙面も賑やかになるが、こちらは正念場の内野手、その奮起を追う。寒風に突風が混じる大阪府内のグラウンドにお邪魔すれば、そこには単身汗をかく木浪の姿があった。今年「初めて」という屋外練習は、ショートでノックを受け、その後はひたすらフォームを確かめながらフリー打撃。見る限り、タイミングの取り方、足の上げ方を変えていた。ノーステップも試しながらライナー性を外野へ。打席の左後方に設置したスマホで自らのフォームを録画し、打ち損じれば悔しがる。そしてまたボールを叩く。白いロンTから湯気が出た。

 「こんな練習を見せてしまってすみません…。今から室内で打ちます」

 本人は全く納得いかず、自主トレ拠点にする屋内練習場で打ち直した。

 足の上げ方を見直したのは確実性を増したい意図か。そんな話も聞いた。でも、これは彼が新フォームに納得したタイミングで書かせてもらう。

 1・17も木浪は寒空の大阪でバットを振る。恩人、そして故郷を思い、歯を食いしばる寒冬だ。=敬称略=

関連ニュース

編集者のオススメ記事

吉田風取材ノート最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング(阪神タイガース)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス