サードかレフトへいってくれ

 【3月13日】

 根尾昂クン、頼むからウチには来ないで…。昨秋ドラフトでそう願っていた者は多かったはずだ。

 大物ルーキーのデビュー戦なんて、ネット裏から野球を見る僕らにとってはワクワク感しかない。

 だけど、根尾とポジションがかぶるドラゴンズの選手にとってはどうだろう。職業問わず、自分に置き換えれば分かる。居場所だけならまだしも、家族の生活が…となればキレイゴトでは済まない。

 「頼むから、サードかレフトへいってくれって思ってたよ。でもいってくれなかったから、ああ俺の野球人生が短くなるだろうな…って。彼は俺にないものを沢山持っていたからね。負けん気もそうだし、足の速さも…。線は細かったけど、あの身体能力を見て、うわぁ~と思ったよ、本当に」

 これ、根尾の話じゃない。29年前ドラゴンズに入団したルーキー捕手の話である。一塁側ベンチでその「彼」について語ってくれたのは、今季から与田剛竜のバッテリーコーチを担う中村武志。僕の知る限り星野仙一の鉄拳を最も食らった男…。当時ドラゴンズの監督だった若き星野は、投手が打たれれば決まって正妻の中村をベンチ裏に呼び出し…ドカッ!バシッ!今の時代では考えられないような逸話を山ほど耳にした。そんな中村が僕に真顔で語るのだ。

 「あいつ…いやもう『あいつ』と言っちゃいけない。彼は芯の強さがあったんだよ。キャンプを一緒に過ごしたり、会話していくとそういうものが見えてくるもんでね。技術的に優れている選手は何人も入ってきたけど、精神的な強さは他の選手の比じゃなかった。俺も彼には負けると思った…」

 「彼」とは、矢野燿大である。

 根尾のように「スーパー」と騒がれることはなかった。でも当時不動の正捕手だった中村は2学年下の大卒捕手に「捕手をやめて欲しい」とまで願っていたという。

 矢野はプロ2年目の開幕直前、紅白戦で手首に死球を受けて骨折してしまう。当てた右腕、鶴田泰(現中日打撃投手)に内角攻めを要求したのは中村だった。

 「あれから2年間くらい、皆から言われたよ。『(矢野を)潰しにいったんだろ!』ってね…。ただ、あのデッドボールがなかったら、トレードで阪神へ行っていたのは俺だったかもしれないよ」

 中村はそう懐かしんだ。

 「それは、ない、ない(笑)。中村さんが俺を立ててくれているだけで、そりゃもう、実力も何もかも雲泥の差があったから。こんな人に勝てるわけないやんって思ってたし、これからどうしようって…。星野さんからあれだけ厳しくされても中村さんは必死に投手を守ってたし、周りからの信頼もめちゃ厚かった。俺は(阪神の)選手たちには競争に負けるなとか言っているけれど、当時の俺はそんなん思えんかった…。中村さんがそれくらい絶対的だったから」

 矢野に聞けば、そう言う。

 根尾の1軍デビューは…いや、虎の話をしよう。開幕まで残り半月。絶対的な存在を脅かす若い力をどんどん書きたい。=敬称略=

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