金本知憲は言った。「後悔はある」

 【10月13日】

 スマホの画面を遡ってみると、着信は22時48分とある。あの夜は眠気におそわれ、自宅でボ~ッと寝転がっていたことを思い出す。

 「今から飲もうか。明日、休みだし…」

 金本知憲からだった。

 15安打12得点でDeNAに快勝し、甲子園で連勝を決めた9月2日、日曜日の夜だった。

 「芦屋の○○へいこか。俺は少し時間かかるから先に飲んでて」

 現役の頃から、オフになればよく通ったバーである。カウンターからブラインドになる奥まったテーブルは、鉄人が羽を休める空間だ。店に先着し、ワイングラスを傾けて1時間。遅くなるワケを知っていたので、気長に待った。

 「すまん、すまん…」。

 眉間のシワが少し薄れた面持ちで金本が入ってきた。この夜だけは「第33代阪神監督」の鎧をはずし、「お父さん」の顔になる。

 長女の誕生日だった-。

 「えっ?どこで見た?いやいや何もないって。何も言えないし、もしあったとしても、絶対にやらない。俺は娘とゆっくりしたいんだよ。お前なら分かるだろ?」

 このやりとりは今から4年前。2014年、秋のことだ。

 「カネさん、きょう神戸のホテルで社長と会ってましたよね?」

 あの時、僕がアポ無しで自宅へお邪魔したものだから、ウソをつけない男は動揺していた。金本も当時球団社長の南信男もツキがない。極秘交渉のつもりが、たまたま僕の同僚に姿を見られていたのだ。阪神関係者がまず立ち寄ることのない六甲の高級ホテルで。

 当時の和田豊政権は踏ん張っていた。が、毎年夏以降失速を繰り返す“勝負弱さ”を見かねたフロントが水面下で動いていた。しかし、このシーズン、和田阪神はCSを勝ち上がり、日本シリーズに進出。金本招聘は幻となった。

 「申し訳ない。あの話はひとまず…」。当時球団本部長の高野栄一から連絡を受けた金本は「大丈夫です」と、内心ガッツポーズ。それほど「やりたくなかった」。

 阪神はそれでも「金本新監督」にこだわった。翌15年の秋。「無理です」と固辞する恋人に対し、フロントは「一から再建したい。何とか力を貸してほしい」とラブコールを送り続け、三度の交渉でようやく首を縦に振らせたのだ。

 「あのとき、お前も『やったほうがいい』って言うから(笑)。でも、まあ、嬉しいもんだよ。若い選手がうまくなる姿を側で見るのは。今は生き甲斐だもんな」

 長女の誕生日を祝った夜、金本は芦屋のバーでそう語っていた。

 まさかこんな酷い顛末が…とはいわない。金本も辛いし、フロントも辛い。だから、もう恨み節はおさめる。最後に一つ、名古屋で確かめたいことがあった。最愛の娘の反対を押し切り、激務を3年間も続けたのだ。最終戦の直後、ナゴヤドームの駐車場で聞いた。

 今、後悔はしていないか。

 金本は5秒ほど考えて答えた。「正直、あるよ」。その理由はまた今度書く。「早まった…」。金本は笑いながら、愛しのチームに別れを告げた。=敬称略=

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