フライ、捕れるか?

 「オープン戦、阪神3-2ロッテ」(8日、甲子園球場)

 金本知憲はミスター赤ヘル現役最後の打席を広島市民球場の客席から見届けたという。1986年の秋、西武対広島の日本シリーズは激闘の末、西武が制した。広島不動の4番、山本浩二はこのシリーズをもって引退。当時広陵高3年の金本は地元の英雄を脇役に追いやった秋山幸二、清原和博の鮮烈な本塁打に目を奪われた。MVPは工藤公康。優秀選手に清原、石毛宏典が選ばれたが、このシリーズには陰の殊勲者がいた。

 「キャッチャー伊東さんだな」

 大舞台で全試合先発マスクの伊東勤は山本浩二を打率・188に封じるなど、シリーズ防御率1・94に貢献。東尾修、渡辺久信、松沼兄弟、工藤らを好リードし、3年ぶり日本一の立役者となった。

 「高校のとき、日本シリーズなんて全く別世界だったからな…」

 そう語っていた金本が「別世界」にいた名捕手を敵将に回し、采配をふる。ロッテ戦の前、金本と31年前の思い出をネタに雑談していると、不思議な感じがした。

 伊東と金本。二人の年表で縁を探してみたが、深いものはない。あえてこじつけるなら、金本の現役引退が公示された12年10月18日に伊東がロッテ監督に就任したことくらいか。あとはどうだろうと考えていると、この日の試合前、3年前にロッテの秋季キャンプで臨時コーチを務めた久慈照嘉が伊東のもとへ挨拶に出向くシーンを見掛けた。そこに外野守備コーチの中村豊が付き添っていたので久慈に理由を聞くと、「柴田のことで伊東さんに挨拶したいということだったから」と教えてくれた。

 金本阪神を戦力外になり、NPBで再就職が決まった選手は一人しかいない。伊東は柴田講平をテスト入団させ、再生を期待した。昨秋のロッテ鴨川キャンプにテスト生として招いた30歳の外野手に対し、伊東が掛けた第一声はとても洒落れていたという。

 「おい、フライ、捕れるか?」

 柴田は阪神時代の11年、8月のヤクルト戦で最終回に平凡な中飛を落球したことがある。2死満塁だったので、この失策で走者一掃。試合は辛うじて勝ったが、一人顔色をなくしていたのをよく覚えている。柴田にとって野球人生のトラウマであることを承知のうえで伊東は笑いに変えた。このマジックが効いたのか、柴田はテストを兼ねた紅白戦で2安打。攻守にキレを見せ、合格を勝ち取った。指揮官はかぶせるように笑った。

 「フライ、捕れるじゃないか」

 この日、伊東は甲子園の阪神戦で柴田をスタメン起用した。古巣に恩返ししろよ。そんなメッセージに応えようと、背番号00はがむしゃらに戦った。無安打で迎えた5打席目は九回2死。6年前の夏、自身が落球した神宮でマウンドから「大丈夫や」とほほ笑んでくれた藤川球児が相手だ。最後はフライを打ち上げ、ゲームセット。金本は柴田を見て言う。「あいつ、体絞ったな」。伊東と金本。柴田がその縁を深くつなぐ存在になれば、両者が本気でぶつかる5月の交流戦は見どころが多くなる。=敬称略=

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