松方弘樹の遺言

 【2月1日】

 松方弘樹は生前、確かにこう言ったという。

 「金本監督の初年度のお疲れさま会、やらなきゃな…」

 療養中だった昨年暮れのことだ。松方が事実婚の関係にあった元女優、山本万里子さんと外食した際、4年前に惚れ込んだ男にもう一度「会いたい」と告げていた。

 でも、かなわなかった。昨年2月に判明した脳リンパ腫の進行がとまらず、1月21日、昭和を代表するスターは都内の病院で静かに息を引き取った。まだ、74歳。松方に惚れ込まれた野球人は訃報を伝え聞き、絶句した。

 「俺もこれまで色んな世界の人と会ってきたけど、いざ会って、あんなに緊張したのは初めてかもしれない。一番、緊張したよ」

 金本知憲は懐かしそうに振り返る。引退を決断した2012年の9月末のこと。松方と金本、共通の親友が鉄人へサプライズを用意してくれた。現役21年間の慰労を込め、ヤクルト4連戦の前に都内の料亭で松方と金本の食事会をセッティング。親友は金本が松方の大ファンであることを知っていた。

 学生時代、はるか雲の上の存在だった銀幕スターを前に、プロ野球界で数々の修羅場をくぐってきたアニキの心臓はバクバク鳴った。硬い表情の金本にテーブルの正面から松方は語りかけた。

 「あなたのようなプロ野球選手はほかにいない」

 サウスポーの野球少年だった松方は昔からプロ野球に目がなかったという。細身から強靱な肉体を作りあげ、フルイニング出場の世界記録をつくった偉業に敬意を込め、松方は金本の不屈の努力をべた褒めした。もともと酒豪の松方だが、当時は禁酒中だったため、まったくのしらふ。その言葉が初対面の場を温めるお世辞でないことは、金本にも伝わってきた。

 「また、お会いしたかった」

 憧れの俳優が天国へ旅立って10日。虎の将はさみしさを胸に沖縄でキャンプインを迎えた。松方と再会できていたら、どんな激励をもらえたのだろう。無念を巡らせながら、2月1日の朝、縦じまの戦闘服を身にまとった。

 「気が引き締まった?どうだろう…。一緒かな。一緒だよ」

 プロ野球の元日だ。前日までと気持ちが「一緒」であるはずはないと思うが、初日を終え、夕方4時に球場を後にした背番号6に気負いはなく、笑顔だった。実は前夜、宿舎で全体ミーティングを開き、選手、フロントら全チーム関係者の前で語りかけていた。

 「去年のモットーは『厳しく、明るく』でしたけど、今年は『明るく、厳しく』でいきましょう」

 昨季開幕戦の直後、金本は「正直、俺自身緊張した」と漏らした。また2カ月もしないうちに嫌でも張り詰めた空気に包まれる。だから、今こそ笑って船出しよう。

 あの夜、松方から両手を握られたツーショット写真は金本のスマホに大切に保存してある。自身の硬い面持ちとは対照的なその笑顔こそ、松方が金本に残した遺言なのかもしれない。=敬称略=

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