中国全土を覆うネット検閲・グレートファイアウォール 香港でLINEが使えるのは国際金融ハブが背景に 自由に見えても監視体制は強化
中国全土を覆うインターネット検閲システム、いわゆる「グレートファイアウォール(金盾)」は、中国共産党が国内の情報の流れを統制するための強力なツールである。
このシステムにより、GoogleやLINE、Facebookといった海外の主要サービスは、中国本土内では原則としてアクセスが遮断されている。しかし、同じ中国という枠組みの中にありながら、香港においてこれらのサービスが現在も利用可能な状態にあるのには、歴史的経緯と一国二制度という特殊な政治的枠組みが深く関係している。
■国際的な金融ハブ機能を重視
香港においてグレートファイアウォールが直接的に適用されていない主たる理由は、返還時に合意された一国二制度に基づき、香港が高度な自治権と独自の法体系を維持してきたからである。
香港はかつてイギリスの統治下にあった経緯から、資本主義経済を維持し、通信の自由や言論の自由を尊重する法的な土壌が形成されてきた。中国政府は、香港を国際的な金融ハブとして機能させるために、情報の自由な流通が不可欠であると長らく認めてきたのである。
もし香港に対して本土と同じレベルの厳しいネット規制を即座に導入すれば、外資系企業の撤退や人材の流出を招き、香港が持つ経済的な優位性が失われるリスクがあるため、これまで現地の通信インフラは切り離されてきた。
■監視の目は確実に強化
しかしながら、近年の香港を取り巻くデジタル環境は、決して安泰とは言えない状況にある。2020年に施行された香港国家安全維持法およびその後の関連法案により、香港における自由の定義は大きく変容した。
法的には本土のような全土一律の遮断システムが導入されていないものの、当局は国家安全を理由に特定のウェブサイトをブロックしたり、コンテンツの削除をプロバイダーに要求したりする権限を強めている。また、一部のIT企業は、当局からのデータ開示要求やリスクを考慮し、自主的にサービスを制限したり、撤退を表明したりするケースも現れている。かつてのような無制限の自由ではなく、現実は監視の目が確実に強まっているというのが客観的な現状である。
加えて、香港のデジタル環境は、物理的なインフラと法的な運用面において、本土とは異なる発展を遂げてきた。香港のインターネット・エクスチェンジは国際的なハブとして機能しており、膨大なトラフィックが直接世界各地へとつながっている。この構造を本土並みに改造するには膨大なコストと技術的介入が必要であり、それが現状の利便性を維持している側面も否定できない。
■着実に侵食されつつある香港のネット自由度
結論として、香港でGoogleやLINEが使えるのは、現状では一国二制度の下での政治的なバランスと経済的な必要性が辛うじて維持されているためである。
しかし、それは決してグレートファイアウォールの蚊帳の外にいることを意味しない。国家安全を重視する中国政府のスタンスと、国際金融都市としての機能維持という二つの相反する要請の間で、香港のインターネット環境は日々変化し続けている。法的な遮断という形ではなく、当局による管理や監視の強化という手法を通じて、インターネットの自由度は着実に浸食されつつあるというのが冷静な見方であろう。今後、この均衡がどこまで保たれるかは、香港の政治的地位がどのように変化していくかにかかっている。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長 専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。
