米イスラエルとイラン戦争の皮肉な教訓 大国主導の秩序が終焉 懸念される中小国の軍拡連鎖
2月末、中東の火種はついに制御不能な大炎上へと至った。米国・イスラエルとイランの間で続く激しい軍事的応酬は、単なる二国間、あるいは陣営間の衝突という枠組みを完全に逸脱している。
周辺諸国にはミサイルやドローンの破片、誤射による物理的被害が相次ぎ、市民の生活圏が戦場と化す惨状が広がっている。さらに、世界経済の生命線であるホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に追い込まれたことは、エネルギー供給網に致命的な打撃を与えた。原油価格の高騰と物流の停滞は、パンデミックやウクライナ紛争の傷跡が癒えぬ世界経済に対して甚大な悪影響を及ぼしている。
■国際秩序の根本的な形骸化
この紛争が世界に与える真の衝撃は、経済的損失だけでなく、国際秩序の根本的な形骸化という形で現れている。
特に、自国のみでは安全保障を完結できない世界の中小国にとって、現在の情勢は極めて不穏な前兆として映っているはずである。ロシアによるウクライナ侵攻という力による現状変更の記憶が新しいなか、今年に入ってからは、米国がベネズエラやイランの主権をいとも簡単に侵害する事態が続いている。軍事的優勢を誇る大国が、自らの戦略的利益のために劣勢な中小国の主権を蹂躙し、武力行使を正当化する。こうした光景の連続は、国際法による秩序がいかに脆弱であるかを浮き彫りにした。
こうした事態に直面し、多くの中小国は大国に対する警戒感と不信感を、かつてないほどに強めている。大国が掲げる民主主義や国際秩序という言葉が、自らの武力行使を修飾するための空疎な記号に過ぎないことを、彼らは冷徹に見抜いている。
■懸念される中小国の軍拡連鎖
その結果として懸念されるのが、中小国による軍拡の連鎖である。国際社会や同盟関係が自国の生存を保証しないと悟った時、中小国が選ぶ道は自力救済しかなくなる。限られた国家予算を社会保障や教育ではなく武器に投じ、大国からの干渉を阻むための抑止力を構築しようとする動きが世界各地でドミノ倒しのように広がることが懸念される。
また、いわゆるグローバルサウスと呼ばれる諸国の動向も、この紛争を機に1つの転換点を迎えるかも知れない。彼らは長年、米中対立に代表される大国間のパワーゲームに翻弄され、自らの地域がその代理戦場となることを激しく拒絶してきた。今回の米イスラエル・イラン戦争は、その懸念を現実のものとし、大国への不信感を決定的なものとしている。グローバルサウス諸国にとって、大国間の争いは正義の衝突ではなく、周辺国を巻き込むエゴイズムの表出に他ならない。
■「大国は信じがたい」という皮肉な教訓
今後、これらの国々は、大国主導の陣営論からは明確に距離を置く姿勢をいっそう強めるだろう。特定の極に依存することは、その極が引き起こす紛争の当事者に引きずり込まれるリスクを孕むからである。多くの中小国が目指すのは、どの陣営にも属さず、自らの国益のみを最優先に追求する徹底した独自外交である。時には複数の大国を天秤にかけ、時には地域的な結束を強化することで、大国の横暴を牽制する。これは国際社会の分断を意味するが、同時に中小国が大国の駒として使い捨てられることを拒む一つの生存戦略でもある。
米イスラエル・イラン戦争がもたらした教訓は、皮肉にも「大国は信じがたい」という真理の再確認であった。大国の争いが激化すればするほど、世界は予測不可能な多極化を通り越し、個々の国々が剥き出しの国益をぶつけ合う万人の万人に対する闘争へと回帰していく恐れがある。中小国が突きつける冷ややかな視線は、大国主導の秩序が終焉を迎えつつあることを、静かに、しかし力強く告げている
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長 専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。





