「ひきこもりを経験したから分かる」社会復帰した男性、いまは支援する側に 「8050問題」の現実

内閣府の調査(2019年)よると、社会との交流を絶ち6ヶ月以上にわたりほぼ自宅で過ごす人の数は115万人といわれ、潜在的な数を含めると200万人以上という専門家もいる。「8050問題」とは、80代の親が年金や貯金を切り崩しながら50代のひきこもりの子を養うことを指し、ひきこもりの長期化、高齢化は深刻な社会問題だ。

何らかの原因があってふさぎ込み、それが常態化し、長引けば長引くほど社会生活に戻りにくくなる。当事者はもちろんその家族の息苦しさ、絶望感は計り知れない。そんな「ひきこもり」といわれる人たちの就労支援をする特定非営利活動法人「キャリアサポートセンター奈良」(奈良県橿原市)の設立者で同センター理事長の山田政利さん(81)の経歴を知ると、同センターの特性が見えてくる。

山田理事長は大学卒業後、全国紙の新聞社に入社し販売部へ配属される。販売網の整備・強化部門の業務を経て、販売所の寮で寝泊まりして新聞配達をしながら大学に通う「新聞奨学生」たちの世話をする部署など約30年間送った後、その経験を買われて奈良県内の私立大学の就職部にヘッドハンディングされる。時代は、世に言う「就職氷河期」。無職の卒業生も支援対象だが彼らは大学には訪れず、だらだらとフリーターやニートを続ける。就労していない社会人にこそ就職の支援をしなければ、この国に未来はない。そんな思いで設立したのが「キャリアサポートセンター奈良」だ。その名が示すように、当初は血気盛んな若者の就職を支援する施設だったが、時代の流れが「ひきこもり」といわれる人たちが社会復帰できるよう後押しする施設へと変えた。

2016年に同センターは、江戸時代の町並みがそのまま残る橿原市今井町に障がい福祉サービス事業所「ワーク・わく」を開設。「障がい」といっても身体障害や知的障害など重度の障害を持つ人は対象外で、精神的な理由で社会と接点を持てなくなった・持てないでいる人たちに就労するためのトレーニングやサポートをしている。ワーク・わくを利用するには「障害福祉サービス受給者証」が必要になるが、メンタルクリニックの通院歴などがあれば比較的容易に取得できる。

同センター職員の坂健一さん(42)も20代30代とひきこもりを経験したが、ワーク・わくを利用して社会復帰を果たした。

「大学卒業後、大阪市内のパソコンの修理や販売をする店舗で働いていました。仕事はハードでしたが、パソコンが好きで選んだ職場でしたので辛くはなかったです。入社してから2年が経った頃、部署異動があってそこでの人間関係がうまく行かず……。同時期に祖母が体調を崩し、病院の送り迎えをする人手が必要になり、それを理由に退職しました」

勤務先を退職した坂さんは、祖母の送り迎えで外出する以外はほとんど自室にこもってオンラインゲームに勤しむようになった。そんな生活が10年以上も続くとは坂さん自身、考えもしなかった。

「オンラインゲームにのめり込み、一日中していました。ただただゲームが楽しく、(ゲーム相手と)チャットでコミュニケーションできるので孤独感も後ろめたさも感じませんでした。しかし30歳近くになって、そんな自分の生活に焦りを感じるようになりました」

家族の勧めでいろんな支援機関に相談に訪れるが、生活を一転するまでには至らなかった。転機は不意にやってきた。ある相談窓口でパソコンを自由に使える場所を紹介された。ひきこもりの人たちの居場所づくりとして、キャリアサポートセンター奈良が週1回(橿原市葛本町にある本部の)施設を開放している「どようびサークル」だ。坂さんのようにパソコン好きで、自宅に引きこもっている人たちが集っていた。チャットでは味わえない、目の前の相手と言葉を交わすことの何とも言えない温もりに触れ、同センターの就労支援を受けることにした。

「センターの職員さん、とくに山田理事長には話をよく聞いてもらいました。一生懸命に僕の話を聞いてくれるので素直な気持ちになれましたし、話しながら自分の気持ちを整理することもできました。おかげで社会復帰できたので、山田理事長にしてもらったことを今度は自分がワーク・わくの利用者や『どようびサークル』に来てくれる(ひきこもりの)子たちにしてあげるつもりです」

ひきこもりのきっかけは、人間関係のほか仕事や受験の失敗など多岐にわたるが、根本にあるのは親子の関係性だと坂さんは話す。少なからず坂さん自身にも心当たりがある。親が厳しいと子どもは自分の意思に関係なく親に従うようになる。過保護だと親が何でもしてくれるので自分で考え行動する機会がなくなる。両極端な親の育て方だが、どちらの子どもも自分の意思に鈍くなり、決断力や行動力が乏しくなって、学校や職場で壁にぶち当たったとき、無力感に陥ってしまう。

「ひきこもりの子たちの多くは純粋かつ繊細で、こっちが真剣に向き合っていないとそのことを見透かします。自分も引きこもっていたので分かるんです。焦らせたり強要したりはせず、相手のタイミングを待ちます。時間はかかりますが、それが相手のために一番いいんです。『坂さんがいるからどようびサークルに行く、ワーク・わくの利用者になりたい』と言ってくれたときは本当にうれしく、この仕事にやりがいを感じます」

内閣府の調査をもとに推計すると奈良県内でひきこもり状態になっている人は1万人を優に超える。ひきこもり当事者ないし家族が一度でも第三者機関に相談したことがあるのが全体の7~8割。しかし継続的に相談や支援を受け続けているのは1割にも満たないだろう。これは山田理事長の体感的な数字だ。

ひきこもりの人にとって最初の相談の印象が悪かったり、自分に合ってなかったりすると足が遠のいてしまうのはよく理解できる。今では各地域にいろんなタイプ・雰囲気の支援機関や窓口がある。自分に合った人がいるかも知れないので、諦めず何度も何度もトライしてもらいたい。そうすれば自分にとっての山田理事長や坂さんのような人に出会えるかも知れない。

キャリアサポートセンター奈良 http://cscnara.ksaka.net/

(まいどなニュース特約・北村 守康)

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