ウクライナ侵攻、プーチン大統領の目指すものは?ロシア国内からの変革は起こるか? 豊田真由子の見方

ロシアがウクライナに侵攻し、世界に衝撃を与えました。

ウクライナは、欧米の「同盟国」ではありませんので、欧米各国は、ロシアを非難し、武器等は供与するものの、国内に援軍は来てくれません。日増しに攻撃が激しくなる中で、ウクライナの人々の落胆と恐怖と愛国心を思うと、胸が痛みます。

私は、母がロシア語の通訳をしていたので、家族は旧ソ連邦との行き来もあり(※思想的には、旧ソ連邦・ロシアと全く異なり、自由と民主主義を尊重するファミリーです。)、小さい頃から、旧ソ連邦とロシアを、関心を持って見てきました。

そしてジュネーブで、外交官として193か国の国連加盟国と仕事をする中で、「世界には、全く異なる主義や価値観に依拠する人・国があり、(相手が何をどう考えているかを、正確に『理解』することは必要だが)、その溝は基本的には埋められない。そして、そのことを肝に銘じて判断・行動しないと、大変なことになる。」ということを、身に染みて感じました。

(※)わたくしはロシアや軍事の専門家ではありませんので、本稿は、主に欧米の主要メディアや論説等に基づく情報をベースに、ロシアや欧米の知人との交流や、わたくしの外交や政治での経験を踏まえた見解を加え、状況を分かりやすくお伝えすることを意図したものとなっています。

またその際は、西側諸国の価値観に依拠しつつ(日本国の行政・政治に携わってきた者でありますので)も、単純な「善」と「悪」の二元論といったことには陥らないようにし、それぞれの行動や事象の背景にあるものを見極めるよう意識しました。)

■プーチン大統領の目指すもの

今のプーチン大統領が目指しているのは、旧ソ連時代を彷彿とさせる「強いロシアの復活」(※1)であり、プーチン氏に、国際法の順守(※2)や、人道的な良心といったものを期待することには、残念ながらほとんど意味がないと思います。

(※1)プーチン氏は、昨年7月『ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性』という論文を発表し(プーチン氏は、これまでも、大統領選など重大事の前に、自らの見解を述べる論文を発表してきました。)、「ロシア人とウクライナ人は歴史的にひとつの民族であり、欧米がウクライナを「ロシアに対する砦」にする目的で、危険な地政学的ゲームに引き込んだ、ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップによってのみ実現可能」といったことを述べています。

「ロシアにとって、ウクライナが米欧の同盟国になることは、絶対に容認できない。ロシアの玄関先(=ウクライナ)にアメリカの不沈空母のようなものが出現すれば、それは、ロシアにとっての『キューバ危機』のようなものだ」(ドミトリー・トレーニン氏(ロシアの国際政治学者))

(※2)今のロシアに「国際法を遵守せよ」と言っても「すれ違い」にしかなりません。世界の過半の国(3月2日のロシア非難の国連決議に賛成したのは、国連加盟193カ国中、141カ国)にとっては、ロシアのウクライナ侵攻は「国際法違反」という判断になります。

一方、ロシアは、ウクライナ東部の武装勢力が、2014年にウクライナからの「独立」を一方的に宣言した『『ドネツク人民共和国』『ルガンスク人民共和国』を、今年2月に国家として承認し同盟を結びました。今回のウクライナ侵攻は、両共和国からの要請に応じ「ウクライナの攻撃から守るため」に武力を行使したもの、すなわち、「侵略」ではなく、国連憲章51条が認めた「集団的自衛権の行使」である、という主張となります。

ロシアが企図しているのは、ウクライナ侵攻によってゼレンスキー政権を倒し傀儡政権を樹立することであり、ウクライナがここまで抵抗するとは想定していなかった節があります。ロシアは、欧米がNATO加盟国ではないウクライナには援軍を派遣しないことを分かっており、石油や天然ガスに依存するヨーロッパ諸国(特にドイツ)はロシアへの厳しい制裁を躊躇するはず、と考えていたのではないかと思います。

■停戦交渉の狙い

停戦交渉が開始されていますが、ロシアはこの停戦交渉によって戦争を終結させるつもりはなく、「非軍事化」というウクライナが絶対に飲めない条件(※)を持ち出して、更なる攻撃の時間稼ぎをしている、あるいは、相手を交渉から離脱させて「交渉を拒否したのはウクライナだ」と言いたいのはないかと思います。

避難のための「人道回廊」設置についても、民間人の避難後に大規模な攻撃を行うつもりだという見方もあります。(なお、私はそもそも、「民間人」はもちろんのこと、「軍人だったら殺戮してもいい」とも、全く思いません。)

(※)主権国家として、国防・自衛のための軍事力を保持しないという選択肢は採り得ない、ということになります。

ロシアはどういう状況にあるか

今回のロシアによるウクライナ侵攻は、ロシアがそこまで追い詰められていることの裏返しでもあると思います。ソ連邦が崩壊(1991)し、その後バルト三国がNATOに加盟する(2004年)等、ロシアにとっての『敵』である西側諸国の一員・味方となっていきました。2014年にウクライナで親ロ政権が失脚し、ロシアがクリミアを併合、2019年に大統領となったゼレンスキー氏も西側に寄って行きました。

「孤立すればするほど、追い詰められるほどに、人も国もどんどん過激になる」のは、いずこも同じです。

プーチン氏は、現在、KGBの同僚だった急進的な腹心たち(パトルシェフ安全保障会議書記、ボルトニコフ連邦保安庁長官など)としか、基本的に話をしなくなっていると言われ、最近の精神状態(場合によっては健康状態も)を不安視する見方もあります。

自由で民主的な国に生きる人たちからすれば、「そうしたことで、本当にこんなひどいことが起こってしまうの?」と思うかもしれませんが、実は、歴史を振り返れば、国やリーダーが破滅的な行動を取るときというのは、そのような場合が往々にしてあったのだと思います。

さらに問題なのは、世界がグローバルにつながり、軍事力も強大となった21世紀においては、そのことが、人類・世界全体の危機に直結してしまうおそれがある、ということです。

■ロシア国内からの変革は起こるか

ロシア国内で、今回の侵攻に反対する大規模な反戦デモが起き、国内からの政権批判の高まりに期待する声もありますが、プーチン政権は徹底的な抑え込みに乗り出し、これまで約8千人を超えるデモ参加者を連行・拘束し、政権に批判的なメディアを抑圧、実際に一部テレビ・ラジオ局の放映・放送が中止されています。

ロシアの若い世代はインターネットで広く情報を入手していますが、上の世代は、プーチン政権の出すプロパガンダをそのまま信じている人も多く、あるいは、特に旧ソ連時代の恐怖政治(それは今もですが・・)が身に染みている人たちは、政府に抗う気持ちを、そう簡単には持ち得ない・表明できないだろう、と推察します。

自由と民主主義が尊重される世界からは、計り知れない闇が、そこにはあります。

ロシア国内からの変革・政権の打倒といったことは、おそらくそう簡単ではないでしょう。

◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。

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