7月22日は「ディスコの日」DJ OSSHYの申請認定 中高年世代によるブーム再燃

7月22日を「ディスコの日」として申請し、認められたDJ OSSHY
80年代にオマージュをささげた新刊本「新宿ディスコナイト」
2枚

 今年から7月22日が「ディスコの日」に制定された。日本中にディスコブームを巻き起こしたジョン・トラボルタ主演の米映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の日本公開日が1978年の同日であり、その40周年の節目を記念して、“80´sディスコの伝道師”ことDJ OSSHY(オッシー)が日本記念日協会に申請して認定されたのだ。「7・22」を前に、中高年世代によるディスコ再燃現象を検証した。

 DJ OSSHYは82年に渋谷のディスコでDJを始めた。17歳にして「天職」と出会った。フリーアナウンサーの草分け的存在となった名司会者・押阪忍の長男だが、その経歴を公表したのは近年のこと。厳格な父がディスコDJという仕事に一目置くようになる時期とリンクした。

 まずは「ファミリーディスコ」。DJ OSSHYは「70~80年代のディスコには20代の若者しかいませんでしたが、当時の若者たちが還暦を迎え、2世代で踊る時代に差し掛かっています。今の60代は若くありたいというエネルギーが相当強い世代。そのジュニア世代も、アバの『ダンシング・クイーン』やアース・ウィンド&ファイアーの『セプテンバー』といった親世代が聴いていた曲に耳なじみのある人が増えています」と指摘する。

 2世代にとどまらず、さらに3世代ディスコへと幅を広げる。7月22日には今年3月に続く第2回の「3世代ディスコ@日比谷DIANA」を開催。託児所を設け、第1世代の孫世代も参加する。

 その延長線上に「高齢者ディスコ」も。福祉施設からのリクエストを受け、昨年9月に東京で初開催。「70~80代の人にも70年代の曲は耳なじみがある。ヴィレッジ・ピープルの『Y.M.C.A.』(日本では79年に西城秀樹さんのカバーで大ヒット)のように、振り付けが付いている曲が多く、車いすで参加された人も上半身の振り付けで約1時間にわたってノンストップで踊られた」と、手応えをつかんでいる。

 自身も現場で36年。生涯一DJとして「安心、安全、健康的なディスコ」を目指す。

 一方、7月22日が誕生日のDJにして出版社代表がいる。この日、51歳となる中村保夫氏は自身が中高生だった80年代に通った新宿のディスコを今、再び掘り起こした著書「新宿ディスコナイト 東亜会館グラフィティ」(東京キララ社)を7月下旬に発売する。

 新宿のディスコに自分の居場所を求めていたという中村氏。その居場所は、80年代に一世を風びした歌舞伎町の総合レジャービル「東亜会館」にあった。

 「東亜会館のディスコは、家や学校とソリが合わない中高生が踊って歌ってストレスを発散していた場所。一大ブームとなったこの現象を時代背景とともに考察し、後世に残したい」と中村氏。22日は東京・両国の「RRR」でディスコイベントを開催し、当時、入場料だけで食欲を満たしてくれた「フリーフード」制も導入。大音響の中、例えばピラフにシチューをかけて食べていた、あの時代のスタイルを継承する。(デイリースポーツ・北村泰介)

関連ニュース

ライフ最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング

    話題の写真ランキング

    リアルタイムランキング

    注目トピックス